高三「美術Ⅱ」の作品が教員室前に展示されています。課題は「木箱」。本来は昨年度の3学期末までの課題として取り組んでいたのですが、休校になってしまったため、今週ようやく完成と提出にこぎつけました。
同じ大きさ、同じ形だった箱がそれぞれのイメージに合わせて変身しています。
「怒られる『時』」
事務職員 野見山紗弥
こちらから讃美歌536番「報いをのぞまで」を聞くことができます
【聖書】コヘレトの言葉3章1節~13節
何事にも時があり
天の下の出来事にはすべて定められた時がある。
生まれる時、死ぬ時
植える時、植えたものを抜く時
殺す時、癒す時
破壊する時、建てる時
泣く時、笑う時
嘆く時、踊る時
石を放つ時、石を集める時
抱擁の時、抱擁を遠ざける時
求める時、失う時
保つ時、放つ時
裂く時、縫う時
黙する時、語る時
愛する時、憎む時
戦いの時、平和の時。
人が労苦してみたところで何になろう。わたしは、神が人の子らにお与えになった務めを見極めた。神はすべてを時宜にかなうように造り、また、永遠を思う心を人に与えられる。それでもなお、神のなさる業を始めから終りまで見極めることは許されていない。
わたしは知った
人間にとって最も幸福なのは
喜び楽しんで一生を送ることだ、と
人だれもが飲み食いし
その労苦によって満足するのは神の賜物だ、と。
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突然ですが、皆さんの一番好きなジブリ映画は何ですか。
私は真っ先に『魔女の宅急便』と答えます。魔女の血を受け継ぐ13歳の少女がしきたりに従ってのどかな田舎町を旅立ち、魔女のいない大都会で一人挫折を味わいながらも自分ができることを探しながら修行をし、様々な人に出会いながら成長していく姿を描いたお話です。(原作の角野栄子『魔女の宅急便』もおすすめです。)
エンディングで松任谷由実さん作詞作曲の『やさしさに包まれたなら』の歌詞、「全てのこと~は~、メ~セェ~ジ~♪」というところでじんわり泣きそうになります。頑張る女子の応援映画ナンバーワンの太鼓判を押したいです。
話は変わりますが、私自身の「旅立ち」はいつだったかなと思い返すと、捜真を卒業した時だったのではないかと思います。
私は中高生のころ、実はほとんど怒られた記憶がありません。逆に、一度だけ怒られたことを鮮明に覚えているくらい、私はいわゆる「優等生」でした。反抗期と呼べる反抗期がなかった私は、幼いころは両親に怒られることもありましたが、中高生くらいになると両親の期待にも応えつつ、その見返りに自分のやりたいことを自由にやらせてもらっていたように思います。
今思うと、私は両親や先生から喜んでもらえることをするのが「正しい行動」だと認識してきたのだと思います。家や学校で認められることが私の喜びだったし、幸いそれは私のやりたいことと大きく違わなかったので、思春期にありがちな衝突をあまりすることなく、両親や先生のサポートを受けながら、守られながら学校生活を100%満喫することができました。
ところが、高校を卒業した途端、私は今までとは全く違う世界に足を踏み入れることとなります。私がこれまで培ってきた経験や価値観が通用しない世界があることを知ります。井の中の蛙とは正にこのこと。失敗をしてたくさん怒られました。また、時には理不尽だと感じることで怒られる経験もしました。人や場所によって「正解」は異なり、一つではなかったのです。
怒られ慣れていない私は、恥ずかしながら「怒られた=ダメな人間だ」という負のスパイラル思考に陥りました。
そんな時に私を支えてくれたの言葉が捜真に在学中に礼拝で聞いたこの聖句でした。そうか、今は「怒られる時」なんだ、と。何事にも定められた時(意味)があって、困難にあってもそれが私にとって意味のある時間なんだと思えた瞬間、私は前を向くエネルギーを与えられました。怒ってもらうことでしか得られないものがあったのです。今振り返ってみれば怒ってもらえたことのありがたさが分かります。理不尽なことでさえも、それをやりすごす心の訓練だったように思えるのです。
最後にもう一つ私の好きな聖句をご紹介したいと思います。
テサロニケの信徒へ手紙一 5章16節~18節
いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい。これこそ、キリスト·イエスにおいて、神があなたがたに望んでられることです。
自分が今いる場所が、苦しい、生きづらいと感じている人もいるかもしれません。自分と周りとの衝突に疲れることもあるでしょう。さらに、変化を強いられる時代、正解のない問いと向き合い続けなければいけない時代。私たちが与えられた「時」に感謝しながら、「全てのことはメッセージ」と受け取れる心の強さを持てますように、困難を乗り越えることができるように、お祈りして礼拝の言葉とさていただきます。
「今、私たちにできること」
養護教諭 川崎 彩水
こちらから讃美歌265番「世びとの友となりて」を聞くことができます
【聖書】ペトロの手紙 一 3章10節~11節
命を愛し、幸せな日々を過ごしたい人は、舌を制して、悪を言わず、唇を閉じて、偽りを語らず、悪から遠ざかり、善を行い、平和を願って、これを追い求めよ。
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久しぶりに学校が始まりました。長い自粛期間を経て、徐々に日常生活が戻ってきましたね。 3か月ぶりに聞く皆さんの明るい笑い声は、保健室にもよく届いています。
さて、学校が再開するまでの期間を、皆さんはどんなふうに振り返っていますか?「コロナの前と後」という言葉をよく耳にしますが、今回の出来事は皆さんの人生にどのような変化をもたらしたでしょうか。外に出て人に会えない分、メディアを通して知る日本中の動き、人々の思い、遠く離れた国や政治の様子などが、いつも以上に身近に感じたのではないでしょうか。逆に、今まで毎日一緒にいた友達が、会えない分とても遠くに感じられた人もいるのではないでしょうか。
私もそのひとりです。外出をして自分の目で確かめられない分、家族や友達のこと、特に私の前の職場の同僚で、今も看護師として働いている友人のことを思うと、居てもたってもいられない日々が続きました。そして、あちらこちらで広がる不満の声を耳にするたびに、なんだか気持ちが落ち込んで、ニュースに耳を傾けることも嫌になってしまった時期がありました。大切な人を自分の手で支えられないことが本当にもどかしく、「何もできない自分」に落胆してしまった時期もありました。
そんな憂鬱な気持ちを吹き飛ばしてくれたのは、自粛期間中、以前の同僚と久しぶりに電話をした時のことでした。
彼女は私の大学生の時からの友人で、今も看護師として大学病院で働いています。ニュースでは、医療従事者の過酷な勤務状況が取りあげられていた最中だったので、彼女が心身ともに疲弊し、緊迫した様子だったらどう励まそうと、少し不安に思いながらも電話をつなぎました。
ところが、拍子抜けするほど、彼女は変わらず元気で明るく、忙しい中でも落ち着いていました。私が、思わず、「コロナの事、大変でしょ?」と尋ねると、「まあね。でも、コロナの患者さんであっても、そうでなくても、私が今できることは一緒だからね。目の前の患者さんの命は、全員同じだから。」と返答がありました。
きっと、少ないスタッフで業務を回し、見通しが立たない忙しい日々を送っていたはずです。それでも不満を口に出さず、今自分にできることにまっすぐ向き合う彼女はとても素敵で、私もこうなりたいと思ったと同時に、ここ最近の私は、「自分ができないこと」ばかりにとらわれて、「今私にできること」を見失っていたのだなと気づかされました。まずは私にもできることを捜してみよう、そう思い直すことができたことは、私が大切な友達を通してコロナから得たものだと思います。
今日の聖句は、最近私がよく思い出す箇所です。捜真生である皆さんは、隣にいる誰かをホッとさせてあげられる優しい言葉や笑顔を沢山知っていると思うので、こんな時だからこそ、誰かのためにその力を使ってほしいなあと願っています。
「最善の自己」
中1担任 稲野 祥子
こちらから讃美歌494番「我が行く道いついかに」を聞くことができます
【聖書】ローマの信徒への手紙8章28節
神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることをわたしたちは知っています。
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“Trust in God. Be true to your best self.”
「神を信頼せよ。最善の自己に忠実であれ」
この言葉は捜真女学校の建学の精神です。シンプルだけど、奥が深い。「最善の自己」って何だろう。順風満帆で何もかもがうまくいっている、絶好調の自分のことだろうか。私がこの学校に勤め始めてから3年が経ちますが、時々この言葉を思い出しては、「最善の自己」について考えることがあります。
みなさんには、自分の選択を後悔したことがありますか?些細なことでも、大きなことでも、何かしら心当たりはあるのではないでしょうか。私はかなり慎重な人間で、まさに「石橋を叩いて渡る」タイプです。たとえば、私は敏感肌で自分の肌に合う化粧品を見つけるのに苦労するのですが、いいなと思うものがあると、インターネットの複数のサイトで片っ端からレビューを見て、成分表を調べ、販売員さんに話を聞いて、とにかく綿密にリサーチをします。大丈夫だと思えたら、ようやく購入します。しかし、膨大な時間をかけて選んだものでも、実際に使い始めてみると肌に合わなくて、「失敗したなあ」と思うことが多々あります。
最善の手を尽くして物ごとを決めたのに、それが思うようにいかなくて、残念に思ったり後悔したりしたことがあるという人は少なくないと思います。
そんな時、私には思い出す言葉があります。それは、「指した手が最善手」という言葉です。これは将棋の世界でよく使われる言葉です。将棋を指したことがある人はわかると思いますが、将棋では次の一手を何千、何万通りのうちからひとつ、選ばなければいけません。その一手が勝ちにつながることもあれば、負けにつながることもある。「指した手が最善手」という言葉には二通りの捉え方があると思います。ひとつは「自分が指した手、選んだ道筋を最善のものにしなさい」です。その時、自分が選んだ道を最善だと信じ、たとえ期待外れな展開になってしまっても、後悔するのではなく、それを「最善のもの」にしていこうよ、という考え方です。どんな局面に置かれても、その都度、自分が信じる最善の選択をしていけば、いずれは明るい場所に出ることができるのだと勇気づけられます。二つめの捉え方は、「熟考して最善の一手を指しなさい、最善の選択をしなさい」です。将来の自分が、過去の自分を信頼できるように、過去の自分の選択を責めないように、よく考えなさい、と捉えられます。
さて、最善の一手を考えるとき、あなたはどうしますか。私の場合、考え抜いて答えを出したあとは、全てを神さまにお委ねすることにしています。今日の聖書の箇所に書かれているように、神さまはあらゆることを働かせて「益」としてくださります。私たちひとりひとりに最善の道を備えてくださります。たとえ、思うようにいかなかったとしても、そこに試練が待っていたとしても、その都度神さまに「どうすればいいですか」と問いかけ、聖書に書かれていることを頼りに前に進めば、きっと道は開かれるのだと信じています。
「最善の自己」とは、絶好調の自分、ではなく、どんな状況にあっても神さまの声に耳を傾け、最善を追い求める自己のことだと私は思います。この混乱する世の中における「最善」とは何なのか、神さまに問い、考え続けたいと思います。
「Small Gift Big Smile」
高一副担任 斎藤辰太郎
こちらから讃美歌321番「我が主イエスよひたすら」を聞くことができます
【聖書】マタイによる福音書 7章12節
だから、人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい。これこそ律法と預言者である。
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先日、サンリオキャラクター大賞の結果が発表され、捜真の職員室も一部この話題で賑わっていました。その投票総数はなんと14,556,939票にも上るそうです。一位は納得のあのキャラクターでした。ぜひ、検索して結果を確かめてみてください。
ところでみなさんはサンリオの企業理念をご存知でしょうか。創業者の辻信太郎さんが掲げた企業理念は次の一文です。
Small Gift Big Smile
サンリオは小さな贈り物で、笑顔あふれる平和な社会の実現を目指しています。プレゼントは贈るのも楽しいですし、貰ったらプレゼント以上に贈ってくださった方からの心遣いが嬉しいですよね。
実は、平和にかけるサンリオの思いは1975年から発刊している「いちご新聞」の創刊号で詳しく読むことができます。そこでは辻信太郎さんはいちごの王さまというペンネームで次のように書いています。
人間の顔は、みんなそれぞれ違うように考え方だってみんな違うんです。
でも…そんな中で みんな仲良く生きていきたい…
やさしい思いやりをいつまでも持ち続けたい…そう思うのです。
それができれば、こんな悲しいことは起こらないと思います。
みんながしあわせな世界
そんな世界をつくりたい…
※サンリオホームページより一部抜粋,https://www.sanrio.co.jp/strawberrymsg/message201608/
分散登校という形で学校が再開してから今日で2週間が経ちました。新任の私にとって、初めて会う生徒たち、新しい場所で行う授業は、とても新鮮でやや緊張感のある時間でした。そんな中ときどき、放課後の職員室の机の上にお菓子を置いて頂いていることがあります。甘いお菓子は食べるとホッと一息つくことができますし、置いてくださった先生の心遣いに優しい気持ちになり、もう一息頑張ろうと気合が入ります。
今回選んだ聖句を見つけたとき、何か贈り物をしようと思い立ちサンリオのお話と、このお菓子のお話を紹介しました。そういえばもうすぐ父の日ですし、これをきっかけにしばらく会っていない恩師に手紙を書きたいと思います。
「今日を大切にする」
事務職員 阿部美和子
こちらから讃美歌494番「我が行く道いついかに」を聞くことができます
【聖書】フィリピの信徒への手紙4章6節
どんなことでも、思い煩うのはやめなさい。何事につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい。
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2月26日から休校となり、最初はお休みを喜んだ人もいたでしょう。そして、休校の延長によりだんだんと不安になってきたと思います。
突然、「日常」が奪われた経験は、約10年前にも規模は違いますがありました。私の娘が捜真生だった頃です。運動部に所属していた娘は、高校1年生の夏に新型インフルエンザが流行、高校2年生の3月に東日本大震災を経験しています。新型インフルエンザが流行したのは夏休みの頃でしたから、その夏の合宿は中止、夏休み期間中もクラブ活動禁止の為、練習できない日々が続きました。高校2年生の3月11日、この日は期末テストの答案返却日で、その午後のクラブ活動中に地震が発生し、そのまま学校は休校。お世話になった高校3年生の卒業式には参加できず、挨拶もできないまま先輩たちは卒業してしまいました。皆さんのように3ヶ月も休校が続くということはありませんでしたが、当たり前にあると思っていたことがなくなってしまうという経験をしました。
誰が悪いわけでもないから、怒りや悔しさをどこかにぶつけることもできず、それぞれやり切れない思いを抱えながらの生活の中で、最初は不平不満を言ってふてくされて、「やる気無くした。」と言って何もせずにいましたが、クラブの仲間と連絡を取り合ううちに、だんだんと各自が今出来る事を見つけて動き出しました。(家の近くをランニンングしたり、家の中でできるストレッチをしたり、それをまた情報交換したり、競争したり。)
学校が再開され、「久しぶりに制服着たよー」と友達と会話している在校生の姿を見て、この前の卒業式を思い出しました。
2月26日から休校となり、卒業式も短時間で実施という状況でしたから、進学先に提出する卒業証明書を受け取りに来た際、「もっと制服着たかった〜。」「卒業式まで登校できないなんて思ってもみなかった。」と、例年とは少し違った会話となりました。その中でも、「受験が終わったら、3月になったら、制服をきちんと着まーす」と言っていた一人は、
「今日はスカートのウエストまくっていないです。」と笑顔でやって来て
「こんなことならもっと早くからきちんと着ればよかったー。制服を着られることが嬉しい事だって、卒業式に知りました。」と言って帰って行きました。
「学生生活が短く、あっという間に高校3年生になって、それぞれの道に進む日が来ます。学生時代は今しかありません。熱中できること、大切な仲間·友達、やってみたいこと、今できることを大切に、今を大切に過ごしてほしい。そうしないと絶対に後悔する。」と「日常」を奪われた経験をした卒業生たちが口を揃えて言っていました。
このステイホームの期間、いろいろな経験をされ、当たり前が当たり前ではない事、何気ない日常は、実は毎日特別な1日を与えられているということに気付かされた方も多いと思います。
皆さんは「日常」を急に奪われた経験があるからこそ、今日を大切にする生き方ができると思います。不安や悲しみもあると思いますが、今与えられている時を、大事にしていきましょう。そして、感謝をすることも出来るようにしたいですね。
「6月のワンピース」
高三副担任·進路指導委員長 稲川さつき
こちらから讃美歌243番「ああ主のひとみ まなざしよ」を聞くことができます
【聖書】ヨハネの手紙一 2章7節~8節
愛する者たち、わたしがあなたがたに書いているのは、新しい掟ではなく、あなたがたが初めから受けていた古い掟なのです。この古い掟とは、あなたがたが既に聞いたことのある言葉です。
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「ステイホームの今だからこそ日頃後回しにしがちな『片付けをしよう!』」と考える日本人は随分と多かったようです。(コロナによってステイホームをしたのは日本だけではないのに、これだけ片付けに勤しむ国民は日本人以外にあるのだろうか……。)と、溢れ返る古着でパンパンの倉庫を前に語る古着回収業者の苦悩を報じるニュースを見て、ぼんやりそんなことを思った時がありました。
「断捨離」とか「ときめき」とか、とにかく日本人は「片付け」が大好きなようです。今やちょっとした書店には「片付け」というコーナーさえ見かけます。そして「片付け」に付随して「ミニマリスト」という単語も最近よく耳にするようになりました。
以前、たった一度だけでしたが、YouTubeで片付けに関する動画を視聴したためでしょうか、ミニマリスト関連の動画がいまだに配信されてきます。ついつい視聴してしまうこともあり、その度ごとにミニマリストの方々、実に思い切りがよく、モノにおさらばしていて、世の中にはこんなにも潔い人達がいるんだなぁとつくづく感心してしまいます。
「一年以上着なかった服は手放すタイミング!」
よく聞くフレーズです。私も半世紀以上の齢を重ねてきましたから、それなりに若い時に着ていた服を処分してきたつもりなのですが、それでも実は手放せない服がいまだに数点手元にあります。
その中の1着があるブランドのアジサイを思わせる花柄のパフスリーブのワンピース。ムシムシし始める今頃は通気性の良さからつい手が伸びてしまうのがワンピース。このワンピースは涼しげな柄とよく人から「似会っている」と褒められることもあって、6月の今頃は本当によく着ていました。ただ単純に好きな服だっただけではなく、このワンピースは私にとって若かりし頃の思い出がたっぷり詰まった、いわば「勝負服」でもありました。
捜真の暦で6月と言えば「合唱コンクール」チャペルに冷房のなかった時代、初めて担任を持ったクラス中3D。「親知らず子知らず」で優勝時に着ていたのがこのワンピース。それ以来、中3「月のうさぎ」、高三(高62)「なぎさの地球」、高三(高65)「いのち」と4回の優勝。中3、高三学年では優勝もしくは入賞という実績でした。
国語科の先輩の先生から「審査を待つ時間の間、トイレで祈るといいわよ。」と言われ、必死で祈った当時の私。祈りすぎて肝心の審査発表の時に遅れてしまったことさえありました。傍から見れば「バカみたい」と一笑に付されてしまいそうなエビソードですが、ワンピースを見るたびにこみあげてくる私の思い出です。
コロナをきっかけにものすごい勢いで、江戸から明治の変化以上の波に今、まさに遭遇しているんだろうなぁという感覚はあるものの、つい「昔を今になすよしもがな」と思ってしまう私。
以前、別の国語科の先輩の先生から頂いた年賀状に「思い出を宝物のように抱きしめております」という言葉がありました。休校期間中、思いがけなくも卒業生から手紙やメールをもらいました。その時、思ったのです。「思い出は過去だけではなく現在も創り続けられている」と。
変化の中にあっても「人が人を思いやる心」だけはいつまでも、いつまでも失わないでいていって欲しい――と、クローゼットの奥深く再びワンピースをしまい込んでしまいました。
「しなやかな強さ」
事務職員 山田 園子
こちらから讃美歌536番「むくいをのぞまで」を聞くことができます
【聖書】ローマの信徒への手紙 5章 3-4節
わたしたちは知っているのです、苦難は忍耐を、忍耐は練達を、練達は希望を生むということを。
コリントの信徒への手紙二 4章 16節
だから、わたしたちは落胆しません。たとえわたしたちの「外なる人」は衰えていくとしても、わたしたちの「内なる人」は日々新たにされていきます。
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最近のひそかな楽しみ、それは毎週日曜日の新聞の「短歌」「俳句」欄を眺めることです。
読者から寄せられた中から、歌人·俳人である選者が、よりすぐりの十首を取り上げ、一面には60~70ほどの句や歌が載っています。わずか17文字ないし31文字の中から読み上げられる世界は端的に仕上げられとても魅了されます。
日常の発見を詠う人、世情を問うような歌など、読み上げる目線の先を思い返したり、くっきり彩られたものを、顔も知らぬ紙面の向こうにいる読み手から教えていただく。
先日、“戦争もしらないわたしは、きっとこのコロナ禍のできごとを語ってゆくのだろう、(かつて祖父母らが戦争を語ったように)大事な局面で、これからも”との思いを綴った歌が詠まれていました。世界が一変したことを、心に刻み忘れてはいけないのだ、そんな決意を感じました。
ふっと十数年前の記憶が呼び覚まされました。大学の授業の一環、家の建築活動ボランティアとして訪れたフィリピン。初めての海外旅行、20数名の仲間との共同生活、慣れない暑さ、突然襲ってきて作業を中断させるスコール、煙と匂いがたちこめるごみや瓦礫の山であるスモーキーマウンテンの有り様と、対照的な首都マニラの喧騒。2週間の旅程中、大きなショッピングモールで買い物を楽しむ時間がありました。
午後、鐘の音がモール全体に鳴り響き、タガログ語の放送が入りました。人々は足を止め、少し頭を傾け手を組み、祈りを捧げる姿勢へと変わっていきました。「アメリカ合衆国で起きた同時多発テロ事件の犠牲者を追悼するためよ」と、NGOスタッフの方が後から教えてくれました。事件から3年目を迎えた2004年9月11日の出来事です。
8月6日、9日以外で大勢の人が黙祷を捧げるのを見た瞬間でした。日常が、変わった日。
事件当時、私は高校生で、夜ニュース番組を見ていると画面が切り替わり、世界貿易センタービルに飛行機が衝突していく様が流れ込んできたのをよく覚えています。映像の衝撃はとても大きくその夜は中々寝付けず、この先どうなってしまうのだろうと不安な気持ちが芽生えました。
世界情勢は大きく変わりましたが、寝付けなかった夜から日々が過ぎてゆくにつれ、私の生活は、目の前のことに取り組むことで精いっぱいでした。
フィリピンで見た光景が強く心に残ったのは、当時の混乱した状態、わからなさを埋めていく作業や大きくうねる世界情勢とそれらの報道の先に、振り返る時間をひとりひとりがもつことの大切さを祈る姿から教えてもらったからです。
本日の聖書箇所は私のすきな御言葉の一部です。
年を重ねるごとに、困難さ·複雑さが増すような出来事が起きるたび、この二つの御言葉がもつしなやかな強さを思い、立ち返り、少し冷静になることができます。
困難な状況にあっても、また少し先の未来から今を振り返った時、実るものがあるように働きたい、そのように思います。
「他の誰かのために」
社会科 上野麻彩子
こちらから讃美歌Ⅱ編1番「心を高くあげよ」を聞くことができます
【聖書】ヨハネによる福音書3章16節17節
神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。
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4月の半ば、新聞でこんな記事を読みました。
「1665年、イギリス中部のイーム(Eyam)という村の洋服店に、ペスト菌を持ったノミまみれの布地が持ち込まれた。すぐに、ノミを介してイーム村でペストが広がった。ペストは高熱で苦しみ、最後は全身が黒くなって死ぬため黒死病と呼ばれ、世界中で恐れられた病気である。しかし、このイーム村の牧師はこう決断し、村人を説得した。『ペストをこの村で食い止めなければいけない。村から出てはいけない。他の村にうつしてはならない。』イーム村の人びとは牧師の決断に従い、村をロックダウンした。最終的に700人いた村人のうち260人が死亡したが、まわりの村や大都市へのペストの拡大を食い止められたのである。」
こんにちは、社会科の上野麻彩子です。主に日本史の授業を担当しています。なぜ歴史が好きになったのかというと、最初は、算数の計算とちがって覚えたものを正しく書くだけで点数がとれて、嬉しかったから。もう少し成長すると、自分とは何か、人とは何かを歴史という事実の積み重ねを通して知ることができると思ったからです。
私は大学でも歴史を学ぼうと思い、文学部の史学科に自ら望んで所属しました。しかし、その頃からすでに文学部で学んだことはお金にならないと言われ、他の法·政経·商·理工·教育などの私の在籍した大学にある他の学部より価値がないように扱われることが多くありました。お金にならない文学部の、趣味の学問といわれるような歴史学の存在意義などなおさらない、という感じでした。
そんな私が大学二年生の時にとった授業で、西洋史の教授がこう言いました。「歴史というのは、過去に学び、過去をせおって未来を見通すことができる学問なのだ」と。その時は、教授かっこいい!と思い、これを心にとめておこうと思いましたが、なかなかこれを他の分野の人にわかってもらうことはできませんでした。
さて、歴史を勉強していると、かならずどこかで同じようなことが何度も起きることに気がつきます。「歴史はくりかえす」というものです。たとえば、戦争。今でも戦争はなくなりません。なぜか。それは、人間というのは自分だけが豊かになりたい、そのためには相手を出しぬいて支配して言うことをきかせたい、そういう本能に近いものを持っているのだと私は思っています。しかしその一方で人間は捨てたものではない、と思わせるような場面に出会うこともあります。それは、人間でも「他の誰かのために動けるのだ」と感じたときです。
この2020年のはじまりから、新型コロナウィルスの危機に直面した私たちは、極限状態の時にどうあるべきか、多くのことを試されました。この21世紀に生きる私たちが、350年前のペストの恐怖にさらされたイギリスのイーム村と同じような決断を迫られることがあるのだと思い知らされました。イーム村の人のように、村の全滅までかけて、誰か知らない人を守るためにロックダウンできる勇気があるか…といわれると、全部はさすがに無理かも…と思ってしまいますが、イーム村の人たちの、文字通り命をかけた行動には間違いなく心が動かされますし、その行動が価値あるものであったことは歴史が証明しました。そして、歴史を学ぶことは、過去に学び結果を予想し、私たちが未来を決断する手がかりを持つことなのだ…とあの時の大学教授の言葉を今年の春、私もようやく確信できました。
人間の本性は、極限状態で試されます。自分の弱さに負けた時の行動は、他の誰かを傷つけます。しかし、イエス·キリストは、弱さゆえに人を裏切り、社会で何の役に立っていないと思っている人間に、それでもあなたには存在価値があるということを命をかけて示され、共にいてくださること選んでくださいました。イエス·キリストが共にいてくださる事に励まされ、自らの弱さに負ける道を選ぶのではなく、少しでも他の誰かのために行動できるようにありたいと願い祈ります。
『文房具56話』串田孫一 ちくま文庫
串田孫一さんのプロフィールには、随筆家·詩人·哲学者。登山、文芸誌『アルプ』創刊、大学教授、FMラジオ『音楽の絵本』のパーソナリティなど、多彩な活躍をされた。1915年生まれ、89歳で死去。とある。
私がお名前を知ったのは、大学時代に山登りをしていた時、本屋でみかけた『山のパンセ』。哲学的だが、スマートな文章を書く方だという印象だった。
最近、この本を店頭でみかけ、懐かしく思い手に取った。表紙や挿画に使われている木版画の雰囲気もよく、私も好きな文房具がテーマの短編集あったので期待が膨らんだ。期待通り、くすっと笑えるお話や、コロナ禍のいまだから余計に胸にささる一言なども登場し、明快な文章に「知性と教養」とはこういうものか、とほっとするやらがっかりするやら。
ともかく、文章を書こうと思っているがどのように書いてみたらいいのかと、考えあぐんでいる人は、読んでみることをお勧めする。お手絵本にするにはとても良い文章だ。
「お喋りの人の口にでも貼ったら効果があるかも知れない。」(「糊」より)
「これを使って、順に直角の線を引いて行くと必ず喰違いができる。」(「定規」より)
「洋服の埃とりは、まさか真の用途ではあるまい。」(「セロハンテープ」より)
など、辛口のところも魅力的である。
「物ではあっても付き合いが深くなると単なる物とは言い難い。」(「七つ道具」より)
「みんな落ちるところまで落ちると、却ってさっぱりしたような錯覚を抱いてしまう。」
たかが文房具、されど文房具。串田さんはこんな深い思いをもって、文房具を使っていらしたんだ、と最後の「文化を守る力」でとどめを刺される。
ラジオパーソナリティをされた『音楽の絵本』のYouTubeもお勧め。眠れない夜にいかが。
「主の声はささやくように」
国語科 照下千恵
こちらから讃美歌187番「主よいのちの言葉を」を聞くことができます
【聖書】列王記(上) 19章11~13節
主は、「そこを出て、山の中で主の前に立ちなさい」と言われた。見よ、そのとき主が通り過ぎて行かれた。主の御前には非常に激しい風が起こり、山を裂き、岩を砕いた。しかし、風の中に主はおられなかった。風の後に地震が起こった。しかし、地震の中にも主はおられなかった。地震の後に火が起こった。しかし、火の中にも主はおられなかった。火の後に、静かにささやく声が聞こえた。それを聞くと、エリヤは外套で顔を覆い、出て来て、洞穴の入り口に立った。そのとき、声はエリヤにこう告げた。
「エリヤよ、ここで何をしているのか。」
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中学1年生国語の教科書に掲載されている「知識の樹木」に、次のような文章があります。
「周囲の音を聞いて自分がどんな地点にいるかを聞くには、まずしゃがんで、できるだけ低い姿勢をとりながら耳を澄ます。」―休校中の4月5月、私は実にそのような心持ちで過ごしていました。
今年は、いつもの年よりも、鳥の囀りがよく聞こえたような気がします。自宅は山と海とに近いので、この季節、ウグイスやホトトギスの声はよく山にこだまします。鳶が窓の外を横切っていくのも、よく目にします。が、今年は、今まで聞いたこともないような、朗らかな小鳥の囀りをよく耳にしました。
気持ちの上では、枯れ井戸の底にうずくまって、囀りを耳にしていた、といってもよいでしょう。生徒に会えない、声を聞くことができない、授業ができない…それは私にとっては、手足をもがれてうずくまっているような状態だったのだろうと思います。
そんな中、Gsuiteの導入が決まりました。無論、専任の先生方が念入りな議論をされた上での導入なのですが、講師の自分にとっては心の準備が伴わず、新聞で読んだおぼろげな知識を頼りに「Gsuiteとは」と検索することから始めました。
目の前に、使えるはずの手段があるのに、思うようにいかなくて、必死に資料を読み、説明動画を視聴し、ノートに書き込み、質問をし、心優しい同僚の手を煩わせ、試行錯誤を繰り返す日々。うまくいかないことが悔しくて、泣きながら勉強したのは何十年ぶりでしょうか。しかし今、井戸の底でうずくまった2ヶ月を経て、新しい生徒との繋がり方を手に入れた、と感じています。
主の声は、ささやくように小さい。しかし、洞穴のように暗い場所にこもっている時は、不思議とそのささやきが、はっきりとした力を持って聞こえてきます。
すべての予定がキャンセルされ、すべてのつながりが絶たれると、自分が本当は何をしたかったのかがよく分かります。
私の場合、生徒と出会いたい、言葉を通じて授業をしたい、という欲求だけが、純粋に残りました。
生徒と言葉と―その最も大切なものが、二つながらに自分の仕事であったことは、本当に幸いなことでした。
コロナ禍…「禍」(わざわい)と呼ぶにふさわしい今回の事態ですが、禍の中でこそ、神様のささやきに耳を澄ますことで、得られる力があります。「エリヤよ、ここで何をしているのか。」
「あなたは何を求めているのか。この事態の中であなたができる、もっとも善い働きとは何なのか。」そのささやきに従って、今日も努力しようと思います。
「互いを思いやる心」
高三副担任 笠原裕子
こちらから讃美歌Ⅱ編26番「小さなかごに」を聞くことができます
【聖書】ヨシュア記1章9節
「わたしは、強く雄々しくあれと命じたではないか。うろたえてはならない。おののいてはならない。あなたがどこに行ってもあなたの神、主は共にいる。」
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3か月の自宅学習の後の登校で半日とはいえ、みなさん疲れたことでしょう。私もオンライン授業の準備など、休校期間も決してのんびり過ごしていたわけではないけれど、分刻みの日常に体が慣れず、毎日夕方になると疲れを感じていました。しかし、みなさんの笑顔は、周りの人にエネルギーを注いでいますね。ありがとう。
この日曜日に教会の帰り、3か月ぶりに美容院で髪の毛を切りました。さっぱりして気分がよくなり、店を出たら元町商店街は歩行者天国になっていて、多くの人でにぎわっていて驚いてしまいました。世の中と私には、ずれがあるのでしょう。油断は禁物と、自分に言い聞かせながら、食料品だけの買い物をし、自宅に向かいました。
この休校中、みなさんはどんなことを考え行動したのでしょう。私も多くの人の言葉を聞いたり、本を読んだりして、自分はこの後どのように生きていったらよいのかを考えていました。結論は出ていません。しかし、神様は私たちに大きな宝物をくださっていると思いました。それは、「互いを思いやる心」です。政治家のような偉い人でも幼い子供でも、強い人でも弱い人でも、お金持ちでもお金に困っている人でも、そのようなことに関係なくお日様が昇るように、誰もが感染症にかかるリスクを持っているのです。そのウィルスに対して、最前線で立ち向かう医療従事者の方々は、苦しんでいる人々を助けようと自分を用い、同じようにはできないですが、私たちも苦しむ人を広げないような生活を送っています。「自分が自分が」という利己的な考えでは、ウィルスに勝てないのです。これは、日本を含めた医療が進んでいる先進国だけではなく、私たちから遠く離れた南アメリカやアフリカ大陸の人たちに対しても、地球という家の中のすべての人が命を落とさないように思いやる心が必要なのでしょう。言い方はよくありませんが、コロナ19というウィルスがそれを教えてくれたのかもしれません。そして、私たちが神様から預かった宝物である「互いを思いやる心」(これを愛とよぶのだと思うのですが)を持つことによって、私たちは強められ、未来に進んでいけるのでしょう。
5月22日、あるラジオ番組で村上春樹という作家さんが、話をしていました。
「『コロナとの戦いは戦争のようなものだ』、そういう言い方をする政治家がいます。でも僕はそういうたとえは正しくないと思う。ウイルスとの戦いは、善と悪、敵と味方の対立じゃなくて、ぼくらがどれだけ知恵を絞って、協力し合い、助け合い、それぞれをうまく保っていけるかという試練の場です。殺し合うための力の戦いではなく、生かし合うための知恵の戦いです。敵意や憎しみは、そこでは不要なものです。簡単に戦争にはたとえてほしくない。そうですよね?」
さすが作家さん。的確な言葉で表現されていました。心の中にすとんと落ちるような言葉でした。
私たちは、まだまだ不自由な生活を強いられています。しかし、未来に向かって、全世界の人たちが笑顔になるために今自分に何ができるかを考えて行動していきたいと思います。みなさんも共に思いやり、助け合いましょう。
お祈り
お祈りします。ご在天の父なる神様、今朝も朝を迎えることができ、感謝します。私たちは、毎日の忙しさで心を亡くしてしまうこともありますが、今回のコロナウィルスの蔓延によって、何が一番大切なのかを考えることができました。どうぞ、自分のことばかりだけでなく隣人を愛せる人として役に立てるよう、これからも用いてください。体調の悪い人、心が弱っている人がいましたら、どうぞあなたが癒してください。これから続く授業をもあなたがそばで見守ってくださいますように。この小さき祈り、主イエスキリストの御名によってお引上げください。アーメン
卒業生の皆様
お変わりなくお過ごしでいらっしゃいますでしょうか。日頃、母校のためにお祈りお支えをいただき、ありがとうございます。
緊急事態宣言が解除され、6月1日から分散登校という形ではありますが、3か月ぶりに在校生の登校をスタートさせることができ、今日は2週目のスタートを無事に迎えられましたことを感謝しております。
ただ、依然として感染の収束が見えない状態が続いておりますので、今しばらく、証明書取得などの場合を除いて、卒業生の皆様の母校訪問はご遠慮いただきたいと思います。また、証明書申請もお電話やHP上からお申込みいただけますのでご活用ください。皆様にお訪ねいただけるようになりましたら、改めてお知らせいたしますので、それまでお待ちいただければと思います。
一日も早く皆さんにお会いできる日が来ますこと、また、卒業生皆様とご家族皆様のご健康が守られますことをお祈りしております。
「めぐみを受ける」
司書教諭 高橋 香
こちらから讃美歌234番A「昔主イエスのまきたまいし」を聞くことができます
【聖書】 マタイによる福音書 13章3節~9節
イエスはたとえを用いて彼らに多くのことを語られた。「種を蒔く人が種蒔きに出て行った。蒔いている間に、ある種は道端に落ち、鳥が来て食べてしまった。ほかの種は、石だらけで土の少ない所に落ち、そこは土が浅いのですぐ芽を出した。しかし、日が昇ると焼けて、根がないために枯れてしまった。ほかの種は茨の間に落ち、茨が伸びてそれをふさいでしまった。ところが、ほかの種は、良い土地に落ち、実を結んで、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍にもなった。耳のあるものは聞きなさい。」
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1977年に発行された「捜真小学校20周年グラビア」に次のような文章があります。
「めぐみを受ける
『種を蒔いて置いたら みんな生えて出て来た 僕は感謝した 一粒のまちがひなく からを破って飛んで出た』 室生犀星
捜真小学校も今年で20周年を迎えられるそうで、おめでとうございます。私はもはや、捜真での12年間の生活を終え、この春から新しい土に根を植え替えました。でも、私の種は捜真で蒔かれ、水を与えられました。そして、いつの日か咲く花は、やはり捜真の花でありましょう。よい地に蒔かれた種は、よい実を結ぶと言います。その言葉を大切にして、私の種が、そして皆様の種がよい実を結ぶよう、祈っております。」
これは、43年前、グラビアに寄せた私の文章です。当時、私は高校を卒業したての大学生でした。長い中丸の丘での生活から、都会のど真ん中の共学に通い始め、学食にはなんとなく入れずに、中庭の欅の下のベンチでお昼ご飯を食べていました。特別母校が懐かしかったわけでもなく、ぼんやりと少し目線を遠くにして、身の回りの新しい環境を眺めていた時期だったと思います。多分、聖書の箇所がふと浮かんで、文章を書いたのでしょう。後日、小学校の担任の先生から「寄稿してくれて嬉しかった。」という葉書をいただき、ひどく恐縮したことを今でもよく覚えています。
聖書がずっとそばにありました。母校への愛着よりも、聖書への愛着のほうがずっと強いと今でも思っています。聖書の言葉が、その後の私の人生のピンチや喜びの時に、すっとやってきました。
この種蒔きのたとえもその一つです。この後の18節からは、親切にも「たとえの説明」というものが書かれています。23節には「よい土地に蒔かれたものとは、御言葉を聞いて悟る人であり、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍の実を結ぶのである。」
とあります。
在校生だった時は、「私はどんな土地に蒔いてもらえるんだろうか。何十倍の実を結ぶのだろうか。」と思いながら礼拝に参加していました。
でも今、この聖句を読んでみると「御言葉を聞いて悟る人」をすっかり読み落としていたことに気づきます。もしかしたら、よい土地は待っていれば神様から与えられるものではなく、自分で良い土地を見つけようとする人に与えられるのではないかしら。もしかしたら、「百倍、六十倍、三十倍」と大きな数字でなくてもいい。一倍でも二倍でも実を結べたならいいのではないかしら。と思えます。
「私たちが自分の耳を傾けて聞く」ことを待っていてくださる方が、私たちのそばにいてくださる。「一粒のまちがひなく」神様から私たちに蒔かれた種が、実を結ぶよう、今日一日を過ごしていきたいと思っています。

6月1日から登校が再開され、初日には中学部、高等学部それぞれの入学式も行われました。
中学部入学式は2回に分けて行われ、高等学部入学式の中では高校からの入学生12名が紹介されました。あいにくの雨模様のお天気でしたが、新入生全員が参列できたことはとても喜ばしいことでした。
同じ日、上級生は、昨年度のクラスに置いたままになっていた荷物を新しい教室に移動させ、授業開始に備えました。
3日からはクラスを半分にしての授業もスタート。ようやく学校での2020年度を始めることができました。いつもと違う学校生活に少し緊張した表情の生徒たちですが、中2以上の生徒たちは約3か月ぶりの友達との再会に笑顔があふれました。中1も授業がスタートしました。これからは学校での授業と家庭でのClassroomを使っての学習を組み合わせて学習が進みます。




「希望の歌」
音楽科 仁平のぞみ
【聖書】詩編 84編6節〜10節
いかに幸いなことでしょう/あなたによって勇気をだし/心に広い道を見ている人は。
嘆きの谷を通るときも、そこを泉とするでしょう。/雨も降り、祝福で覆ってくれるでしょう。
彼らはいよいよ力を増して進み/ついに、シオンで神にまみえるでしょう。
万軍の神、主よ、わたしの祈りを聞いてください。/ヤコブの神よ、耳を傾けてください。
神よ、わたしたちが盾とする人をご覧になり/あなたが油注がれた人を顧みて下さい。
ヨハネによる黙示録22章16節
わたし、イエスは使いを遣わし、諸教会のために以上のことをあなたがたに証しした。わたしは、ダビデのひこばえ、その一族、輝く明けの明星である。
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新型コロナウイルスが蔓延して、社会全体が落ち着かなくなってきた3月末頃、なんとなく気持ちが沈むような時に、私は2つの讃美歌をふと思い出し口ずさみました。それは讃美歌174番「起きよ夜は明けぬ」と346番「たえにうるわしや」です。学校の礼拝ではほとんど歌うことがないので、知らない人が多いと思います。
この2曲は16世紀後半にドイツで活躍したルター派の牧師フィリップ·ニコライ(1556~1608)が作詞作曲した曲です。このニコライが北ドイツ、ヴェストファーレン州のウンナという町の教会で牧師をしていた1597年の夏から1598年の初めにかけて、恐ろしい感染症ペストが大流行しました。この期間、牧師であるニコライは毎日毎日、亡くなった人々の埋葬に立ち会いました。多い時は1日に30人もの人を埋葬したと伝えられています。町の通りには埋葬が間に合わない棺が並べられ、嘆きの声が溢れていました。彼自身も大切な家族を亡くしています。
ペストの惨禍が過ぎた後には、生きることに絶望した人々や、神などいるものかと自暴自棄に陥って荒れた生活に身を落としていく人々が取り残されました。このような中でニコライは聖書のことばに集中し、人々の救いのために祈り続けます。そしてこの讃美歌の詞にたどり着くのです。
174番はマタイによる福音書25:1~13「10人のおとめ」のたとえから、346番は上記の聖書箇所から言葉が取られています。文語体の詞はみなさんには判りにくいかもしれませんが、どちらの詞も“キラキラ”していて希望に溢れ、ひたすら神様を讃美しほめたたえています。そしてイエス·キリストの救いのみわざを喜び歌い、その歌声は途切れることはないといっています。まるで遠くにいる恋人に宛てたラブレターのようです。人々が嘆き悲しみ、心を震わせ、暗闇をさまよっているような時に不謹慎ではないのかと思うほど、この詞のことばは“キラキラ”と光っています。
ニコライは苦難の時こそ心を荒げるのではなく、静かに主の救いに希望を持つようにと町の人々を慰め励ましたのです。生も死も人の想いをはるかに超えた主のご計画の中にあるのだから、恐れず、主に全幅の信頼をおいて歩むこと、主の声に耳を傾け、花婿を心待ちにしているおとめたちのように、心の目を覚まして救いにあずかるようにと声を上げ続けました。心の平安を得るにはそれが一番良いことだと確信を持ってこの讃美歌を作り歌ったのです。その歌は町から町へ希望の歌として歌い継がれ、後世の多くの作曲家たちによって合唱曲やオルガン曲にアレンジされて、今や世界中で歌われています。
「感染症」というキーワードでこの歌が私の心によみがえりました。心を騒がせることなく、静かに主のみことばに耳を傾けて平安であれと神様が呼びかけてくださっているように感じます。自主的にSNSを通して毎日礼拝を守るグループが起こされて、静かに祈る生徒たちがたくさんいるこの学校で、私自身もそのようでありたいと思います。
お祈り
毎日暗い重苦しいニュースばかりが社会を覆っている今この時も、神様が共にいて慰め励ましてくださることに感謝いたします。私たちが自分のことばかりでなく、広く社会に目をむけてたくさんの人々のために祈ることができるよう力をお与えください。命を救うために日々働く医療従事者、私たちの生活を守るために働くたくさんの仕事従事者、その他私たちの目に触れないところで苦労を重ねていらっしゃる多くの方々のうちに主よりの励ましと慰めが豊かにありますようお祈りいたします。主の聖名によって アーメン

在校生のみなさん、この土日が明けたらいよいよ登校です!
久しぶりの学校、ワクワクしてますか? 少し緊張しているかもしれませんね。
3カ月ぶりに友達に会うなんていう経験、今までにありませんでしたから!
学校からのお知らせにあったように、バスは混雑が予想されるので
反町駅や三ッ沢下町駅から徒歩での通学をお願いします。
と言うことは···。
そうです!久しぶりにあの〇〇坂を上るということですね!
さあ、みなさん、頑張って!!
動画はこちら
「『自分の居場所』のない救い主」
中2担任·聖書科 藤巻 正悟
こちらから讃美歌Ⅱ編196番「救い主は待っておられる」を聞くことができます
【聖書】ルカによる福音書2:1-7
そのころ、皇帝アウグストゥスから全領土の住民に、登録をせよとの勅令が出た。これは、キリニウスがシリア州の総督であったときに行われた最初の住民登録である。人々は皆、登録するためにおのおの自分の町へ旅立った。ヨセフもダビデの家に属し、その血筋であったので、ガリラヤの町ナザレから、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った。身ごもっていた、いいなずけのマリアと一緒に登録するためである。ところが、彼らがベツレヘムにいるうちに、マリアは月が満ちて、初めての子を産み、布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである。
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1.誰にでも必要な『自分の居場所』
『自分の居場所』がない、それほどつらいことはありません。
子どもであれ大人であれ、人間が人間として生きていくには『自分の居場所』が必要です。捜真生の皆さんは『自分の居場所』と聞くとどこを思い浮かべますか? 家でしょうか? 自分の部屋? リビング? ダイニング? 学校でしょうか? 教室? 部室? カフェテリア? チャペル?
もちろん家や学校以外に『自分の居場所』がある人も大勢いるはずです。
2.目には見えない『自分の居場所』
『自分の居場所』というのは、目に見える物理的な空間のことだけではありません。『心の居場所』という言葉を聞いたことがありますか? 『心の居場所』とは、何かをしている時や誰かと一緒にいる時などに「飾らない自分でいられる」「リラックスした自分でいられる」、そういった「時間」や「つながり」を意味しています。
それが存在することによって、安心感や自己肯定感を持って自分らしく過ごせる『心の居場所』、これも『自分の居場所』に含まれます。 物理的にも精神的にも、人間は誰もが『自分の居場所』を不可欠としているのです。
3.生まれた時からイエスには『自分の居場所』がなかった
イエスの誕生、それは非常にみじめなものでした。
「宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである」、これがイエスが家畜小屋で生まれた理由です。ヨセフとマリアは、ローマ帝国の指示で住民登録をするためにベツレヘムを訪れ、そこで予定より早く出産をすることになりました。しかもどこの宿屋も満室で、2人は泊まる場所を確保できませんでした。『自分の居場所』のない夫婦のもとに生まれた『自分の居場所』のない赤子、それがイエスだったのです。
そのようにして生まれたイエスは、敵対する権力者たちに捕らえられ、十字架で処刑されて死んでいく最期を遂げることになりますが、その意味でイエスは最初から最期まで『自分の居場所』のない生涯を歩んだと言えます。
4.『自分の居場所』のない救い主が共におられる
家畜小屋に生まれたイエスは、高い所から人間を見下ろしているのではなく、この世のいちばん低い所に身を置くことで、徹底的に人間と共に生きようとする救い主です。私たちと共にいてくださるイエスは、悲しみや悩みなど全く知らないという方ではありません。痛みやうめきをどこまでも知り抜いています。
みじめな誕生から十字架の死に至るまで、『自分の居場所』がないという最大の苦しみを味わい尽くした救い主だからこそ、私たちが経験するあらゆる苦しみに寄り添ってくださいます。
「事実、御自身、試練を受けて苦しまれたからこそ、試練を受けている人たちを助けることがおできになるのです。」(ヘブライ2:18)
共におられるイエスが『自分の居場所』のない方であったことを深く悟る時に、私たちには「苦難から立ち上がる力」と「もう一度新しく生きようとする力」が与えられるのではないでしょうか。