投稿者「soshin」のアーカイブ

味噌づくり テーブルマナー実習 高三選択授業「食物」

9月28日、高三の選択食物の授業では「小泉麹屋」さんから講師の方をお招きし、味噌作りを行いました。

例年は春に仕込み、秋にはそれぞれの家庭で熟成した味噌を持ち寄り味比べをしていましたが、今年は休校などの影響で9月になりやっと仕込みを行うことができました。来春には食べごろを迎える味噌。卒業後に捜真を思い出しながら味わって欲しいと願っています。

また、10月12日には、「横浜ベイホテル東急」に出掛け、洋食のテーブルマナーを学んできました。ホテルのスタッフの方が、スライドを使いながらお料理の話、食器やナイフ、フォークの扱い方など、一つ一つ詳しく説明してくださいました。

感染対策を考え、広い会場にゆったりした間隔をとった席で、優雅に美味しくいただくことができました。

もうすぐ社会に出ていく高校3年生、食事のマナーもしっかりと身につけてさらに素敵な女性へと成長して欲しいと願っています。

 

“Retelling”でレッスンのまとめ

高3コミュニケーション英語の授業では、教科書のレッスンのまとめとして、グループでのリテリング活動をしました。

今回は、自作の画像資料と共に、レッスンの内容の要約と、テーマであったAIについて各自の意見を述べるというのが課題でした。グループで素早く話し合い、方針を決め、それぞれのやり方でプレゼンの準備を手際よく行い、堂々と発表する姿は、さすが高3と思わせるものでした。

 

 

礼拝メッセージ 10月12日

新しい世界を広げる

中2副担任 日浦 華子

【聖書】コヘレトの言葉3章1節~11節

何事にも時があり/天の下の出来事にはすべて定められた時がある。
生まれる時、死ぬ時/植える時、植えたものを抜く時
殺す時、癒す時/破壊する時、建てる時
泣く時、笑う時/嘆く時、踊る時
石を放つ時、石を集める時/抱擁の時、抱擁を遠ざける時
求める時、失う時/保つ時、放つ時7裂く時、縫う時/黙する時、語る時
愛する時、憎む時/戦いの時、平和の時。人が労苦してみたところで何になろう。
わたしは、神が人の子らにお与えになった務めを見極めた。 神はすべてを時宜にかなうように造り、また、永遠を思う心を人に与えられる。それでもなお、神のなさる業を始めから終りまで見極めることは許されていない。

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博物館見学が大好きです。今思うと、小さい頃に上野の国立科学博物館にしょっちゅう連れていってもらったからかもしれません。そのころは東京の外神田に住んでいて、割と近くでもあった上野公園や動物園、国立科学博物館をよく訪れていました。国立科学博物館では、いろいろなものが展示されている中でも、特に恐竜の化石に惹かれていました。だいたいの骨がレプリカではあるけれど、大きな恐竜の骨格標本を見るとわくわくします。そんな経験から恐竜の化石のある博物館が大好きなのです。

この間、小田原にある生命の星地球博物館に行ってきました。人数規制があるとホームページにはありましたが、余裕で入場することができました。

1階には、進化のはじめに登場する岩石、動植物のサンプルがたくさん展示されています。ちょうど1学期に、中学3年生の授業内容で進化を取り扱っていたので、その内容が思い出されて、興奮気味の私でした。地球博物館は割と新しい建物で、大きな展示物も小さなものもわかりやすく並べてあります。

おすすめは、入ってすぐのエントランスホールです。大きなホールの真ん中に大きな化石が飾ってあるのです。それは1億年前に生息していた生物たちがテーマになっていて、海で泳いでいた巨大な魚の化石や、空や陸を闊歩していた大きな恐竜の化石が展示されています。恐竜の化石の足元に行って見上げると、その大きさや高さに圧倒されます。そして、展示されている恐竜を見上げると、その上にドーム状の天井が見えます。高い天井には宇宙をイメージしたイラスト、装飾がしてあり、見とれてしまいます。首が痛くなるまでその天井の絵画を眺めていました。

そこで思い出したことがあります。

小さいころの私は高い天井を見上げることが嫌いだったのです。嫌いというより大嫌い、というより怖いという思いを持っていました。

「高い天井がこわい」という同じ感覚をもっている人はいますか?

高い所がこわいのではなく、高い天井を見上げるのがこわい。高い天井を見ていると吸いこまれていきそうな感じがして、幼かった私はその浮遊感とクラクラする感じがとっても怖かったのです。ですから高い天井を見上げるのが恐怖でした。

インターネットで調べてみると、高い天井を見上げるのが怖いという人、結構いるみたいです。

始めにお話ししましたが、小さいころよく行っていたという上野の国立科学博物館も、昔エントランスホールにトリケラトプスの全身骨格標本が展示されていました。が、そのかっこいいトリケラトプスの真上のドーム状の天井がこれまた高かったので、怖い以外の何物でもない場所でした。トリケラトプスには惹かれるけど、天井が高い恐ろしい場所、ということで、いつも泣きながら目をつぶって母の手にすがりついてその場を逃げるように進んでいきました。もちろん科学博物館の入り口にあるので避けて通れません。見学に行くたびにまず、おびえ泣きながら通るのが通過儀礼みたいになっていました。

天井が高くて私にとって怖い場所はもう一つありました。東京駅の丸の内改札口ホールです。レンガ造りの歴史あるあの建物の天井もドーム状になっていて、とっても高く、祖父母のいる横浜に電車利用で遊びに行くときも、その改札を通らなければならず、そのたびに私の泣き叫ぶ声がホール中に響いていた、らしいです。

北杜夫という作家のエッセイにこんな話があります。

彼が小さいころ、キングコングという映画が上映されて、当時話題になりました。そこで北杜夫は家族に連れられ映画館に行ったそうです。皆さんもキングコングの作品そのものを見たことがなくても、巨大なビルディングほどあるゴリラの怪物が、街を破壊して回るイメージ、あれだなというのは何となくわかるのではないでしょうか。少年北杜夫は、キングコングのポスターや宣伝で、破壊的な怖いものを感じたようで、映画館には行ったのですが館内には入れず、外の廊下のソファーにすわってずーっと泣いていたそうです。だいぶ時間がたって中から家族が出てきて、「こわくないよ」と中に入るように促しました。どきどきしながらそっとスクリーンを見てみると映画は終盤で、キングコングが人間に倒されていくシーンでした。北杜夫はそれを見てかわいそうに思った。初めからみればよかったな、とふりかえっています。彼は最後にこうまとめています。「私は、キングコングを見て泣いたのではなく、見ないで泣いた」。

この北杜夫の言葉がとても印象に残っています。小さなころの私に当てはめるなら、「トリケラトプスの標本を見て泣いたのではなく、見ないで泣いた」ぴったりくるなあというところです。

あんなにホール中に声を響かせて泣いて怖がっていた高い天井も、今はなんとも感じません。それどころか、この間行った小田原の地球博物館のエントランスホールの天井の絵とその開放感が素敵に思えてしばし眺めているほどです。小さなころ持っていた高い天井への恐怖心は今はもうありません。

べつに「高い天井嫌い克服プロジェクト」に参加したわけでもないのに自然に怖くなくなっていたのです。

考えてみると,小さいころの私には苦手なもの、怖いものがたくさんありました。納豆、生姜、ワサビ、ピーマン、パクチー、雷、カーテンがちょっと開いていて夜の暗い外が見える窓ガラス。長期休暇に入ると登山好きな親に無理やり連れて行かれた山。などなどなど。

納豆、ワサビ、生姜は、今や冷蔵庫にないと不安になる必須アイテムですし、雷が鳴ると逆にワクワクします。山は、もう、大好きです!苦手なものを好きになろうと努力したわけではないけれど、いつの間にか違う良さや楽しさに気付けるようになりました。趣向はかわるものですね。

食べ物や物だけでなく、人でもそういうことがありました。

中1、中2のころ、教室の近くの席にいた趣味も違う、何を考えているのか分からないと思っていた人と高校生になって同じクラスになり、話してみたらとても愉快な人で魅力的に思え、とても仲良くなったということがあります。

今わからない価値や魅力でも、時間が経つとその良さが分かってくるという経験をたくさんしてきました。時間が解決することもあるし、こちらから歩み寄っていくことで違う世界を好きになることもあります。

若いみなさんもこれからそういう経験をたくさんしていくと思います。新しい世界をどんどん広げていってください。人生が深く複雑に、そして豊かになると思います。

お祈り

まわりの環境が目まぐるしく変わる中、私たち自身も変化しています。よい成長という変化を期待します。そのためにも自分にできることを見つけ、努力できますように。どんな結果であっても神様が良しとして下さることにもきづかせてください。

(10月8日 中1、中2放送礼拝)

礼拝メッセージ 10月5日

こびりついて剥がれない罪

 

宗教主任 藤本 忍

【聖書】ローマ信徒への手紙7章15節~25節

わたしは、自分のしていることが分かりません。自分が望むことは実行せず、かえって憎んでいることをするからです。もし、望まないことを行っているとすれば、律法を善いものとして認めているわけになります。そして、そういうことを行っているのは、もはやわたしではなく、わたしの中に住んでいる罪なのです。わたしは、自分の内には、つまりわたしの肉には、善が住んでいないことを知っています。善をなそうという意志はありますが、それを実行できないからです。わたしは自分の望む善は行わず、望まない悪を行っている。もし、わたしが望まないことをしているとすれば、それをしているのは、もはやわたしではなく、わたしの中に住んでいる罪なのです。それで、善をなそうと思う自分には、いつも悪が付きまとっているという法則に気づきます。「内なる人」としては神の律法を喜んでいますが、わたしの五体にはもう一つの法則があって心の法則と戦い、わたしを、五体の内にある罪の法則のとりこにしているのが分かります。わたしはなんと惨めな人間なのでしょう。死に定められたこの体から、だれがわたしを救ってくれるでしょうか。わたしたちの主イエス·キリストを通して神に感謝いたします。このように、わたし自身は心では神の律法に仕えていますが、肉では罪の法則に仕えているのです。

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私が赴任して間もない頃、JOCが全校にアンケートを取って「捜真生の好きな聖句Best3」というのを文化祭で発表していました。今年も久し振りにそれをしようということになり、昨日からアンケートを取り始めました。かつて取ったアンケートの結果は、
第1位 コリント信徒への手紙Ⅰ-10:13~「乗り越えられない試練はない」
第2位 コヘレトの言葉4:9~10     「一人よりも二人が良い···」
第3位 マタイ7:7~12         「求めよ、そうすれば与えられる···」
でした。

今の高二が中1の時に、授業でその話をすると、「今一つ、自分にはピンとこない。罪について書かれた聖句とかないですか」と聞かれ、私は先ほど読んだローマの信徒への手紙を紹介しました。するとその生徒は「今の自分にドンピシャです。何これ!凄い!この気持ち、よくわかります!」という反応が返ってきました。正直、中1でこの罪の箇所がわかるなんて、と驚きました。

話は変わりますが、私は就学前、自宅近くのお寺の境内で毎日のように、従兄の「のりちゃん」と遊んでいました。池にいるアヒルを捕まようとしては、飼育員のおじさんに叱られ、お寺の鐘を勝手な時間に撞いてはお坊さんに説教され、銀杏の落ち葉を集めてはお墓の通路に敷いて寝たりと、朝から晩までずっと境内で遊んでいる子でした。

ある時、その境内の脇に新しい立派な建物ができました。あとからわかりましたが、それは「信徒会館」と呼ばれるものでした。その信徒会館の前に『古賀政男さんの銅像』がありました。有名な音楽家です。のりちゃんと私は少し離れた所から石を投げて、この銅像に当てたら1点というゲームをしました。二人で調子にのってやっていると、のりちゃんの投げた石が大きく外れ、後ろにある建物の一枚ガラスに当たりました。私達は一瞬ヒヤとしましたが、割れた訳ではなかったので、また投げ続けました。すると突然、中から「こらーっ!誰だ、窓に石を当てたのは!」と怒鳴り声を上げて怖そうなオジサンが出て来ました。私は思わず「のりちゃんです。」と人差し指をのりちゃんに向けてしまいました。

それから40年経ったある日、のりちゃんが私に言いました。
「あの時、忍ちゃんが僕を指差したから、あの後大変でさ。ガラスが傷ついたとかで、親と一緒に謝りに行って、結局あの一枚ガラスを弁償したんだよ。当時で20万位だったかな。」
「えー!ごめんなさい。全然知らなかった。」と私。
「忍ちゃん、うちの入口のガラス、自転車で当たって割っちゃったことあったじゃん。あれは親戚同士ってことで、うちの親は忍ちゃんちに請求しなかったんだよ。」
私は、自分の罪は赦されていたのに、のりちゃんの罪は訴えるような子どもだったのだと、愕然としました。あの時、私は咄嗟に自分を庇い、のりちゃんを指差し、彼をいとも簡単に怖いオジサンに売りました。どんなに幼くても、人は自分を守るためなら何でもする、そういう本能が働いたのだと思います。

最後の晩餐で主イエスが「この中に私を裏切る者がいる」と言った時、全員が「まさか私では?」と自分を疑いました。皆、自分という人間の危うさを知っていたのだと思います。あの時、誰がユダになってもおかしくなかったのです。つまり、誰の心の中にもユダがいる、私達はそういう人間存在なのだと思います。ペトロも、「イエスなんて知らない」などと言いたくなかったはず。「あの方は、私の先生です。生けるメシア、救い主です」と言いたかったはず。しかし、言えなかった。もしそんなことを言ったら、自分も十字架刑に架けられるからです。望む善は行わず、望まない悪を行っている。これは誰の心にも当てはまります。幼子も大の大人も、です。何が良い事で何が悪い事か分かっているのに、私達は悪い方を選ぶ、そういう者なのです。

しかし、パウロは最後にこうも言っています。「イエス·キリストを通して神に感謝します」と。犯した罪は消えません。自分の心にこびり付いて剥がれません。しかし、赦されることで罪から解放されます。唯一の解決法は赦されることです。キリストの十字架は私の罪のため、この私の罪の為に、代わりに裁かれて下さったものです。しかし、そんなことを言っても納得しない人がいます。自分に厳しい人ほど、そう言います。なぜなら、自分の罪をイエスになすりつけて、自分だけがのうのうと生きていくなんて出来ないからです。では、どうすればいいのか。キリストは言います。
「誰の罪でもあなたが赦せば、その罪は赦される。誰の罪でもあなたが赦さなければ、赦されないまま残る」(ヨハネによる福音書20:23)
「赦しなさい、そうすれば天の父もあなたの過ちを赦して下さる」(マルコによる福音書11:25)

今年の好きな聖書箇所アンケート、どのような結果になるか楽しみです。

祈ります。
神様、
罪に苦しむ者に、赦しがあることを、
どのような闇にも出口があることを、
長いトンネルの先に光があることを、
それら全てがないと思っている人に、教えて下さい。
またそれを伝えられる者として遣わして下さい。アーメン

ガラス絵 高校選択授業「美術研究」

図書館に用があって訪ねてみると、その近くに高等学部の選択授業「美術研究」受講者によるガラス絵がひっそりと展示されていました。せっかくの作品ですので、多くの方にご覧いただきたいと思い、ご紹介します。生徒の皆さんは、ぜひ実際に足を運んでみてください。

 

 

 

 

 

図書館から本の紹介 10月4日

この二冊の主人公は、皆さんと歳の近い男の子と女の子。もしかしたら、あなたの身の周りでも同じようなことが起きているかもしれません。

この先どうなるんだろう。ドキドキすると思います。あなたと主人公との新しい出会い。ほっとできる結末。本は友達…って思わせてくれるはずです。

 

『ぼくの帰る場所』S·E·デュラント 鈴木出版

主人公はロンドンに暮らす11歳の男の子、AJ(エージェイ)。

両親の少し偏りのある障害が、AJの暮らしにいくつかの問題を引き起こします。そして、俊足なAJがその才能をいかすために奮闘します。しかし、思うように進むことができない。そんな時、周りの人たちに背中を押されて大事な家族を守るためにAJは成長していきます。

今思い通りにいかないあなた。あなただけではない、ここにも同じ思いの若者がいます。AJに出会ってごらん。

 

『しずかな魔女』市川朔久子 岩崎書店

こちらの主人公は、中1の女の子「草子」。なぜか学校へは行かず、近くの図書館に通っている。そこで、司書の深津さんから本ではなく「白い紙の束」に書かれた物語を渡される。そこに書かれていたのは、野枝とひかりの夏物語。

どこにでもあるような夏の思い出だけれど、「草子」にとっては深津さんからの大切な贈り物。言葉を交わすわけではないけれどどこかで通じる気持ちのやりとりが、優しくあったかい。

夏の暑さに疲れてしまったみなさん。ぜひページを開いてみて。秋風のような爽やかな心地よさが味わえます。

 

 

 

 

礼拝メッセージ 10月2日

映画「マザー」を観て

(10月2日 学校説明会礼拝メッセージ)

 

こちらから讃美歌500番「聖霊(みたま)なる清き神」を聞くことができます

中2担任 千葉 眞智子

【聖書】 テサロニケの信徒への手紙5章16節~18節

いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。 どんなことにも感謝しなさい。これこそ、キリスト·イエスにおいて、神があなたがたに望んでおられることです。

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先日、「マザー」という映画を観ました。長澤まさみさんが、毒親、最低な母親役を演じるということでも話題になりました。この映画は実は2014年に起きた、「17歳の少年による祖父母殺害事件」という実話に基づいて製作された映画です。

私は、テレビコマーシャルで流れていた、映画の宣伝で、長澤まさみさん演じる秋子という母親が言っていた言葉が気になって、映画を観てみたいと思ったのです。母親は何と言っていたかというと、「私はあの子をなめるようにして育ててきたの。私があの子をどう育てても、親の勝手じゃないですか···」というフレーズです。その言葉が同じ母親として衝撃で、一体どう育てたんだと気になって、映画館に足を運びました。

この秋子という母親は、定職にも就かず、生活保護や児童手当で得たお金は、すべてパチンコや飲み代に費やし、親や妹から借金をしまくった挙句にもちろん返済せずに絶縁される。行きずりの男と生活を共にしては別れ···を繰り返す。と私たちが考え付く限りの「最低」な生活を続けていました。息子の周平は学校にも行かせてもらえず、最低な母親と生活をしていきますが、やがて成長すると、周平がまじめに働いて、母親との生活を立て直そうとします。が、この母親は息子が働いたお金もギャンブルなどに使い果たし、挙句の果てに、周平に職場からお金を盗んでくるようにと、仕向けていくのです。少年の周平に手を差し伸べる周りの大人もいました。母親と離れて生活する環境を整えてくれる行政のサポートもありました。なのに、周平はそんな「毒親」ともいえる母親の元に自ら戻ってしまうのです。

そして、事態は最悪の状況を迎えます。お金に困り果てた秋子は、周平を絶縁状態にある自分の親のところへ行かせ、お金を借りてくるよう指示をするのです。貸してくれないならば、殺してもいい···というニュアンスを含めて··· ついに周平は祖父母を殺害してしまうのです。その後の裁判においても、この母親の態度は衝撃的でした。この後、どのようになったかは是非、映画を観て見てください。

この映画を観終わって、何故、周平は差し伸べられた助けを拒否して、なおこの母親と一緒に居続け、母親の言いなりになっていったのだろう···ということが不思議で仕方ありませんでした。周平は学校に行っていませんでしたが、賢い子でした。今の生活が良くない事、母親と離れた方がどれだけ自分に有益か···周平はわかっていたはずです。それでも母親の側を離れなかったのは、母に対する愛なのでしょうか?母親もそこまで落ちた生活をしながら子育てを放棄しなかった。周平が施設に保護されると、「この子は私の子、誰にも渡さない」と言って、息子を取り返しに来る。互いに共にいることが、良い事ではないとわかりつつ、離れることができなかった。周平にとっては母が唯一の「真実」であり、母にとっても息子が生きる生きる意味だったのでしょう。互いに依存しあいながら共にいる。共依存の母子であったのだと思います。

話は少し変わりますが、戦争中の人々の心理を私はずっと不思議に思っていました。「お国のために命を捨てることは名誉なことだ」当時の人は本当にそう思っていたんだろうか···「戦争を批判するような発言をすると、憲兵に密告される。」本当にそんな事が起こっていたのだろうか。しかし、今回の新型コロナウイルス感染拡大に伴って広がった「自粛警察」という現象をみた時、戦時中の心理もわかるようになりました。コロナ下では、営業しているお店が嫌がらせにあう、県外ナンバーの車が威嚇される···など他人に自粛を強要し、出来ていない人を誹謗中傷をするという行為が起こりました。
その現象はまさに戦時中の日本人が互いを取り締まり合ったという現象に似ています。つまり、「これが正しい」と植えつけられると、それに従ってしまう。たとえ、どこかで本当にそうだろうか?と思いながらも、その圧力に従ってしまう、そういう弱さが人間にはあるのだと思います。特に純粋な若い魂ほど、その傾向は強いのではないでしょうか。

先ほどの映画の周平が、若いうちに出会った「真実」が母親でなかったら···周平の人生は全く別のものになっていたでしょう。若い魂に何が「真実」かと教える事、若いうちに「真実」に出会うことはその人の一生を大きく変えることとなるのです。

今日、お読みした聖書箇所「いつも喜んでいなさい。絶えず感謝しなさい」という聖句は、最近の私のクラスでの生徒礼拝で1番多く読まれている箇所です。捜真生の皆さんが大好きな聖書箇所ですよね。先日の生徒礼拝でこの箇所のお話をしてくれた生徒がいました。今日はその原稿の一部分をそのまま読みたいと思います。

「コロナで出来ないことがたくさん続き、苦しいことばかりで、気分も下がっていた頃、学校では礼拝が再開され、ある礼拝でこの聖書箇所に出会いました。この聖書箇所によって、今までの生活の考え方や気持ちを改めて、本当にずっと苦しいことばかりだったのか、楽しくはなかったのか、出来るようになったことはなかったのか、分かったことはなかったのか、考え直しました。すると、今まで当たり前に過ごしていた日々がとても恵まれていて、当たり前でないことに気付くことができました。そして学校が始まって、お弁当の時間に前を向いて無言で食べている私たちのために、曲を流してくれて、それがとてもたのしいことを思い出しました。他にも友だちとこんな今だからこそ生まれたアイデアを実行することが出来、とっても充実していることを改めて感じることが出来ました。」という文です。

ちなみにこれを書いた生徒は、自分たちのアイデアで新しいマスクを考え、それを10月末に行われる校内発表会(文化祭)で販売するという企画を今、進めています。

コロナ下の生活で、学校では、あれもこれもできなくなりました。皆さんにとっては大きな楽しみとなるであろう、様々な行事も中止であったり、かなり規模が縮小されたり、そんなことばかりです。テレビを付ければ暗いニュースが続きます。そんな中にあって、そんな生活の中から、楽しみを見出し、その生活に感謝することができる、中学2年生の皆さんを、捜真生の皆さんを、私は素晴らしいと思いますし、誇らしく思います。

何がそのような考えにさせるのか、それはやはり皆さんの心に「キリスト教」のエッセンスが注がれているからではないでしょうか? 皆さんの真実に「聖書」が刻まれる。若い魂に「聖書」からの御言葉が真実として刻まれることは、きっと皆さんの人生を豊かにするであろうと思います。中学2年生という、若くて純粋な魂。まだまだ何にでも染まる可能性のある魂が、このような毎日の礼拝を通して、聖書の御言葉に導かれて、皆さんの人生を豊かにしていくことを、心から願っています。

お祈りします
御在天の父なる神様、今日も生きよと新しい命を与えて下さり、ありがとうございます。健康を与えられこの場に集えたことを心から感謝いたします。
神様、捜真に学ぶ若い魂が、自分にとっての真理を追い求め、あなたに喜ばれる生き方ができますように。道に迷ってしまった時にはどうぞあなたが一人一人の歩む道を示してくださいますように。
今日は、たくさんのお客様をお迎えして礼拝を守ることが出来たことにも感謝いたします。世の中が落ち着かない中での受験ということは、多くの不安を伴う事と思います。どうぞ、ここにご家庭を、神様が守ってさしあげてください。
この感謝と願い、ここに集うそれぞれの祈りに合わせて、尊きまる主·イエス·キリストの御名によって御前にお捧げ致します。
アーメン
 

図書館から本の紹介  10月3日

一気に秋めいてきました。
何をしようかな?と思っている方は、本に手を伸ばしてみてはいかがですか。
この二冊は皆さんもよくご存じの作家さんの作品です。
どちらも気軽に読める分量です。絵や装丁も味があり、楽しめます。

『猫を棄てる 父親について語るとき』村上春樹 文藝春秋
セピア色に近いトーンの挿画、手のひらにのる大きさの本。
作者がその父親を追想して書き記した作品です。戦中戦後の混沌とした時代に生きた父親を、少しだけ離れたところから描いています。
肉親はある時は煩わしく、ある時は肌触れ合い、運命という言葉が嵌まる存在だなと感じます。歳を重ねると当たり前だったそのぬくもりは、遠いところに去って行ってしまします。
何かに記すことで、その存在を大切にしまっておけるのかもしれません。

『大好きな町に用がある』角田光代 スイッチ·パブリッシング
どこか不器用、でも可愛らしい。それを自分の色とし、歩みを前に進めます。それが読んでいて楽しい、あっそうか!と心を揺さぶられる。上手なんです、文章が。そう来たか、と驚きます。
最近はあまり旅をしなくなった私ですが、角田さんが連れて行ってくれるあちこちで、その土地の空気や風、そして誰かに出会える一冊です。赤い表紙もいいですね。おすすめ。

高一数学で○○坂の傾斜角を調べてみました

毎朝、重いリュックを背負って登っている〇〇坂。
特に、最後の数十メートルは一段と傾斜がきびしく、ふーふー言っている人も多いと思います。
高一数学で三角比の学習に入ったので、傾斜角は実際どのくらいなのか、山道にあるような勾配の標識を立てるとしたら何%になるのか、調べてみることにしました。
スマホのアプリで水平距離は調べられますが、斜辺は現地で測るしかありません。
AB組発展コース一同、蚊に刺されながらがんばりました。使ったのは5メートルのメジャーとチームワークのみ。途中、体育祭の出し物かと見紛う場面もありました。
結果はぜひ生徒たち本人に聞いてくださいね!

「アートにエールを」で三塚先生、小田切先生の作品をご覧下さい

捜真の音楽科講師、三塚 至先生と美術科講師、小田切恵子先生の作品が「アートにエールを」のサイトでご覧いただけます。

三塚先生は次のようにおっしゃっています。

「先日の私の放送礼拝でちょっとお話しました東京都の芸術家支援プロジェクト『アートにエールを』で、私の企画が通り、過日、無事に掲載されました。夫婦2人で10声部を多重録音しているので音は汚いですがお許しください。」

皆様ぜひご覧ください。

三塚先生の作品はこちらからご覧ください。

小田切先生の作品はこちらからご覧ください。

「アートにエールを」についてはこちらから

礼拝メッセージ 9月23日

温度を感じる

高二担任 廣川 敦子

こちらから讃美歌2編171番「大波のように」を聞くことができます

 

【聖書】箴言21章2節
「人間の道は自分の目に正しく見える。主は心の中を測られる。」

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自粛期間、デザインの仕事をしている私の友人は完全テレワークとなりました。大きな会社で、広いオフィスから突然人の姿が消えました。社員は各自、朝9時になると自宅のパソコンを開き、顧客と直接やり取りをし、1時間の昼休憩を挟み、18時まで働き続けます。仕事の内容は出社していた時と何ら変わることなく、忙しい1日はいつもと場所を変えて始まり、終わる、というだけの話です。結局、彼女の会社はテレワークが見事にうまくいったことで、これからはコロナ問題とは関係なしに、ずっと全員テレワークの体制に代わったそうです。会社側からすると大きなオフィスを構える必要もなくなり、社員の交通費もかからない、というメリットが功を奏し、近々東証一部上場するまでに経営は右肩上がりである、とのことです。友人は兼ねてから、自然の豊かな所で暮らしたい、と話していましたが、これを機に大自然に囲まれた地方に移住しようかと本気で考えているようです。話を聞き、こんな働き方もあるのかと驚きました。

さて自粛期間、捜真でもクラスルームをはじめとするオンライン化が開始されました。もしかしたら、もう教室での授業はできなくなるのだろうか、とか学校という建物だっていつか必要でなくなってしまうのだろうか、と先の見えない状況で私は色々な想像をしました。オンラインさえあれば、英語の授業だってできるし、生徒のみなさんも様々なツールを駆使することで、少なくとも英語の学びはできる、と思いました。そういえば高二では一度だけ休校が明ける直前に各クラスでオンラインによるホームルームをしましたね。オンライン上とはいえ、新しい自分のクラスの生徒に直接つながれたことは、嬉しかったです。しかしながらクラス全体の雰囲気とか、ひとりひとりの様子は、残念ながらよくわかりませんでした。

長い休校期間、そしてなんとなく学校全体が静かだった分散登校が終わり、ついにクラス開きをした教室は、生徒がぎっちり並び、とても狭く見えました。でもその光景こそが本来のクラスなんだ、と私は一人勝手に感動していました。新しいクラスで、初めて全員で顔を合わせた喜びではしゃぐC組のみなさんに、「はい、聞いてくださーい。」と一度で静まらないのを分かっていて、あえて小さめの声で呼びかけました。予想どうり興奮気味のみなさんに聞こえるはずもなく、私が大きめの声でもう一度「聞いてくださーい。」というと少しの時間をかけて静まりました。心の中で私は「そうそう、これだよ、この空気感。クラスってこんな感じだったな。」と久々のクラス担任の感触にまた一人感動を覚えました。

ところで、私は幼い頃からずっと教員になりたいと思っていました。今から17年前、その夢が叶った時のことは今でもよく覚えています。緊張しながら初めて教壇に立った時、初めて小テストの丸つけをするために赤ペンを手にしたとき、初めて中間テストを作った時、初めて担任になった時、一つ一つの小さなことが新鮮で嬉しくて、わくわくしました。

あの頃の感動と種類は違うものの、3か月間の休校を経て再開された学校生活には自分が想像もしなかった感動が時折待っていました。それらは直に見える生徒達の笑顔、直に聞こえる笑い声、そしてあたたかい空気が感じられた時です。オンラインだと心がない、というわけでは決してないけれど、それはかなり通じにくいものになるのだと痛感しました。私は直のコミュニケーションの方がずっと好きです。あらゆる分野の世界で、効率の良さ、とかコストパフォーマンスばかりを重視してはいけないのです。理由を問われたら、データがあって証明できるものではないし、理論的な説明はできません。それでも私は、例えば一生に一回の高校生活は、仲間と顔を合わせて笑ったり泣いたり、オンラインのライブ配信ではなく目の前で行われる授業を受けて、その場で活きたやりとりをすることに価値があるのだと考えます。

時代に合わせた工夫が必要とされていることは重々承知しています。いつの日かきっと例えば聖書も電子化されたものが主流となったり、教会の礼拝だってオンライン上がスタンダード、という日がくるかもしれません。でもまだ今の私にとっては、手元の聖書を日に一度開き、目の前の人の生の声を聞く、この礼拝の時間が何より貴重なことに思えます。捜真のホームページに上がる礼拝メッセージを楽しみにしている卒業生が何人もいらっしゃるのだと島名教頭先生から伺いました。おそらくその方々は、在校中の礼拝の雰囲気や当時の光景、パイプオルガンの音色など、自分の記憶に重ね合わせてメッセージを読んでいらっしゃるのではないかと想像します。もともと捜真の礼拝がオンライン上のものではなかったからこその現象ではないでしょうか。

今、幸いにも私たちは毎日無事に登校をすることがゆるされています。高2のみなさんは学校全体のリーダーとしてできることを必死に模索しています。そのための話し合いも、直接顔を合わせてできています。心の通ったコミュニケーションによって、多くの生徒の心を動かそうとしています。一生に一度の高校2年生のこの年をあとで振り返った時に、思い出だけではなく、それと共にそこには私たちの心が、思いが確かにあった、と言えることを願っています。

聖書には、主は心の中を測られる、と書かれています。便利で楽に効率よく生きる手段が、しきりに取りざたされる昨今です。しかし私たちは本当に大切にするべきものは目に見えないところにある、ということをよく知っています。たとえ見た目がどんなに時代の最先端になろうとも、あるいは今までとは思い出の形が変わろうとも、芯の部分、私たちの心は変わることなく在り続けたいと思います。

(2020年9月17日 高二チャペル礼拝)

10/6(火) 高校進学フェスタ(都筑公会堂)に参加します

10月6日(火)都筑公会堂で行われる高校進学フェスタに参加します。

予約制を取り入れるなど新型コロナウイルスに対する感染対策をとって行われます。高等学部受験をお考えの中学生の皆さん、保護者の皆様、ぜひお出かけください。

詳しい内容はこちらからご確認ください

 

準備を進めています 校内発表会

毎年、多くのお客様をお迎えして行われる「捜真祭」。予定では今週末の開催でした。しかし、新型コロナウイルス感染のため、今年は時期を移して「校内発表会」として行うことになりました。保護者の皆様やお客様方をお迎えできないなど、さまざまな制限のある中で、高2を中心とした実行委員の生徒たちは、いかに心に残る文化祭を行えるか、日々、工夫を重ねています。

10月30日と11月3日の開催当日まで、準備の様子などをFacebookでもご紹介しています。

文化祭実行委員会のFacebookもご覧ください

 

礼拝メッセージ 9月18日

愛のある生き方

 

こちらから讃美歌453番「聞けや愛の言葉を」を聞くことができます

中1担任 新井 昂太

【聖書】マルコによる福音書5章25~34節

さて、ここに十二年間も出血の止まらない女がいた。多くの医者にかかって、ひどく苦しめられ、全財産を使い果たしても何の役にも立たず、ますます悪くなるだけであった。イエスのことを聞いて、群衆の中に紛れ込み、後ろからイエスの服に触れた。 「この方の服にでも触れればいやしていただける」と思ったからである。すると、すぐ出血が全く止まって病気がいやされたことを体に感じた。イエスは、自分の内から力が出て行ったことに気づいて、群衆の中で振り返り、「わたしの服に触れたのはだれか」と言われた。そこで、弟子たちは言った。「群衆があなたに押し迫っているのがお分かりでしょう。それなのに、『だれがわたしに触れたのか』とおっしゃるのですか。」しかし、イエスは、触れた者を見つけようと、辺りを見回しておられた。女は自分の身に起こったことを知って恐ろしくなり、震えながら進み出てひれ伏し、すべてをありのまま話した。イエスは言われた。「娘よ、あなたの信仰があなたを救った。安心して行きなさい。もうその病気にかからず、元気に暮らしなさい。」

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中学1年生、2年生の皆さん。皆さんはこの半年ほどの間に環境が変わったのではないかと思います。中学1年生は小学校から中学校へ、2年生は下級生から先輩へと、自分の置かれている立場が変わったはずです。私たちは立場が変わったことで、成長したことで見えてくるものがあります。今日は「成長したことで見えてくるもの」を中心にお話をしたいと思います。

先日、中1A組で授業をしていた時のことです。「先生は何時ごろ帰るのですか?」という教員の生活、のような話が始まり、そこから「教頭先生のお仕事とは?」という話になりました。皆さんにはあまりイメージがつかないだろうとは思いますが、ひどいもので、「え?教頭先生はひまだからすぐに帰ってるんじゃないの?」と言っている方もいましたね。勿論、教頭先生は全くひまではありません。が、それを私が分かったのは実際に自分が学校という場で働きはじめてからであり、自分の立場が変わってからのことでした。

話を私がまだ幼かった頃に戻します。近所に、Aさんというご家庭がありました。Aさんのお家はご夫婦のお二人、そしてワンちゃんが一匹いました。私が4、5歳の頃だったと思います。そのAさんのご家族が突然引っ越しをされました。もう少し正確に表現すると、突然いなくなってしまいました。幼かった私が覚えているのは、突然がらんとした雰囲気に変わったお家、そしてそこに残されて時々鳴いていたワンちゃんの姿です。私は両親に尋ねました。「Aさんのお家はどうしたの?」と。両親は「引っ越しをしたのよ。」と何もなさそうに私に言い、幼かった私はワンちゃんだけ残されてしまったことを疑問に思いつつ、それで納得をしたのだと思います。

Aさんのお家が様々な事情を抱えていたこと。そして苦しみの中で所謂「夜逃げ」をしたこと。それらが分かったのは、随分後になってからでした。

Aさんの件をはじめ、大人と呼ばれる年齢になったことで私が最も強く感じることは「笑顔で振るまっている人も、何も問題がなさそうに過ごしている人も、悩み悲しみ苦しみを背負って生きていることが多いのだ」ということです。

今皆さんの隣にいる友人。元気そうに笑っていると思います。でも、その人も、悩みをかかえ、それを誰にも話せないままがんばってその場にいるのかもしれません。
反対側の友人。何もなさそうに見えるかもしれませんが、悲しみを背負いつつ、それに打ちのめされないように耐えている最中かもしれません。

今日の聖書箇所は12年病気で苦しんでいた女性に対しイエス様が奇跡を起こす場面です。病そのものの苦しみだけでなく、差別までも受けなくてはならなかった女性。苦しみのどん底にいる中、イエス様の服の、そのほんの端に触れたのだと思います。そしてその時に奇跡が起こる。マタイによる福音書にある同じエピソードでは服に触れた女性に対し「元気を出しなさい。」とイエス様が呼びかけたことで病が癒されています。苦しむ女性が服に触れた時、イエス様にはその苦しみ悲しみが伝わったのだと思います。
元気そうにふるまっていても人は悲しみ苦しみを抱えているのかもしれない、ということを感じる今、このイエス様の力はより一層輝かしいものに私には感じます。
私達にはイエス様のようなことはできません。隣人の服を少し触ってもその人の苦しみや悲しみは伝わってきません。でも、もしかしたらこの人は悲しみの中にいるかもしれない、苦しみの中でもがいているかもしれない、と思うことはできます。そのふるまいの中で、悩み悲しみに気が付くこともできるかもしれません。そして、そっと寄り添ってあげることも。
私たちにできることは多くはないはずです。でも神様は、わずかなパンで多くの人を満たしたように、私たちの持っているわずかな思いや行動を、苦しむ人を支える大きな力に、悲しむ人をなぐさめる大きな愛に変えてくださる方です。すべてに気が付くことはできないけれど、隣人が悲しみ苦しみの中にいるかもしれない、と思って行動すること。寄り添ってあげること。これがキリスト教の語る「愛のある生き方」の一つの答えなのかもしれない、と感じています。

(9月17日 中1·中2放送礼拝)

 

 

礼拝メッセージ 9月14日

苦しむ人を知ろうとしてくださる神様

中1副担任 佐々木 広

こちらから讃美歌312番「いつくしみ深き」を聞くことができます

 

【聖書】フィリピの信徒への手紙2章4節~11節
めいめい自分のことだけでなく、他人のことにも注意を払いなさい。互いにこのことを心がけなさい。それはキリスト·イエスにもみられるものです。キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました。人間の姿で現れ、 へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした。このため、神はキリストを高く上げ、あらゆる名にまさる名をお与えになりました。 こうして、天上のもの、地上のもの、地下のものがすべて、イエスの御名にひざまずき、すべての舌が、「イエス·キリストは主である」と公に宣べて、父である神をたたえるのです。

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先日の仕事帰りにあった出来事です。

私は、電車とバスを使って通勤しています。その日の夜の7時すぎごろ、私は電車から降りて、駅前のバスターミナルをバス乗り場に向かって歩いていました。 駅前には、ときどき宣伝のティッシュを配る人がいて、ティッシュを差し出してきますが、私は大抵受け取りません。

その日は、バス乗り場のすぐ近くに、通行人を待って立っている人影がありました。身体の小さい、Tシャツを着た若い女性で、大きな紙袋を持っていました。ティッシュを渡すのだろうと思って前を通り過ぎようとしたら、その女性がすみません、と声をかけてきました。 見ると日本人ではなく、東南アジア系の人で、日本語も片言でうまく話せないらしく、手に持った日本語が書いてあるカードを見せてきました。 そこには、「私は海外からの留学生なのですが、コロナの影響でアルバイトの仕事がなくなってしまい、収入がありません。私が作ったお菓子を買って助けてください」書いてありました。紙袋の中には、小さな袋に入ったお菓子らしきものが並んでいました。値段を聞くと、1袋500円だと言います。 私は瞬間的に「買いますよ」と答え、1袋買うことにしました。

なぜその時、即座に買うと言ったのかというと、1つはその子が20代前半ぐらいで、私の高校三年生の息子と年齢的にあまり変わらない感じに見えたからです。もしうちの子がこんな境遇だったら、と想像してしまいました。 もう1つは、その数日前にたまたま見たテレビ番組を思い出したからです。 それは、多国籍の人たちが集まる街として知られている新大久保で商売をしている在日外国人の人たちを取材した番組でした。 新型コロナウィルスの感染拡大の影響で、仕事や収入が減ったりなくなったりして困っている日本人のことは毎日ニュースで取り上げられていますが、番組で見た外国籍の人たちはもっと深刻な影響を受けていました。言葉の壁や文化の壁のせいで、仕事や収入を失っても助けを受けられなかったり、周辺の日本人の住民に文化的なちがいを理解してもらえず、助けを受けられないどころか、トラブルになったり、冷たい仕打ちを受けたりしていました。 あるネパール人の経営者は、自粛で店を開けられず収入がないので、同じ在日外国人の友人に電話で千円貸して欲しいと頼んでいました。大の大人が千円にも困っているという映像に、私は衝撃を受けました。

その記憶がまだ生々しかったので、思わず買ってあげたくなったのです。 「1袋ください」と言って500円渡したら、その子はとても喜んで、「幸せがありますように」と言って一袋渡してくれました。 そして私はバス停に並んだのですが、その子はひき続き「お菓子買ってくれませんか」と通る人に声をかけていました。 しかし見ていると、通りかかる人で彼女を相手にする人は誰1人いません。私は、「マッチ売りの少女」という童話を思い出しました。このまま誰も彼女のお菓子を買ってあげないのだろうか、と心配になりました。

私はその様子を見ながら、もう一つのことを思い出しました。私の妻が、ある日近くのショッピングモールに買い物に行って帰ってきたときに話したことです。妻は、ショッピングモールでパンフレットをもらってきました。そのパンフレットは、難民支援を呼びかけるもので、支援のための募金を呼びかけるボランティアの人(この人は日本人です)に声をかけられ、もらってきたのだそうです。難民とは、戦争や内戦などで住む家と生活を奪われ、外国に逃げている人たちのことです。最近だと、西アジアにあるシリアという国の内戦で大量に難民が発生し、ヨーロッパに流れ込んで大きな問題になりました。

妻は難民支援に関心があったので、パンフレットを受け取ってその人の話を聞いたのだそうです。その時、ボランティアの人は、朝から一日中買い物客に声をかけ続けているのだが、誰1人相手にしてくれず、妻が初めてパンフレットを受け取ってくれたと言ったのだそうで、妻は驚いてしまったというのです。日本人ってそんなに冷たい国民なのか。同じ日本人としてどうかと思う、と妻は言いました。

その話を思い出し、私はじっとしていられなくなって、もう一度その子のところに行き、あと2袋ください、と言って千円渡しました。その子は「ありがとう、幸せがたくさんありますように」と言ってお菓子を渡してくれました。その後どうなったかは、バスに乗ってしまったのでわかりません。次の日からは、駅前でその子を見かけていません。ここは買ってくれる人が少ないと思って、場所を変えたのかなと思います。その子はフィリピンから来たと言っていましたが、手作りのお菓子は、日本にはない味で、とても美味しかったです。

私は、別にいい人というわけではありません。たまたま最近見たり聞いたりしたことがあって、それを思い出したから、そうせずにはいられなかっただけです。もし先ほど話したようなことを見たり聞いたりしていなければ、私もその留学生の子を無視して通り過ぎていたかもしれないと思います。何が行動の分かれ目だったでしょうか。「知っているかどうか」なのだと思います。たとえいい人でも、人を助けるため、人の役に立つために必要なことを知らなければ、人のために行動することはできないと思うのです。私たちが多くのことを学び、多くのことを知らなければならないのは、このためです。「知らないことは罪だ」「知ろうとしないことは罪だ」という言葉を聞いたことがありますが、その通りだと思います。

さて、今日の聖書の言葉には、私たちの神様がどんな神様なのかが書かれています。私たちの神様は、天から人を見下ろして、お前たちはダメなやつらだ、と裁いているような神様ではありません。神の独り子イエス·キリストは、神であるのに人間の姿をとって人間の世界に降りてきました。そして、王様や金持ちやエリートの家ではなく、最も貧しく見下されているような庶民の家に生まれ、貧しい人々の苦しい生活を自分で経験し、味わい、知ってくださいました。最後は、最悪の犯罪人がかかる十字架での死刑まで味わって下さったのです。そこまで私たち人間のこと、特に苦しんだり悲しんだりしている人間のことを知ろうとして下さるのが私たちの神様であり、イエス様です。 私たちの神様がそういう神様であるということは、素晴らしいことではないでしょうか。

祈り
私たちが苦しいとき、つらいとき、イエス様は必ず私たちのところに来て、ともにいてくださることを信じ、感謝します。私たちもまた、苦しんでいる人、つらい中にある人のことを知る努力をし、そのような人たちの役に立つことができる人間になれますように、力と導きを与えて下さい。コロナの影響で苦しんでいる世界中の人々のうえに、神様のお恵みがありますように。

 

礼拝メッセージ 9月11日

弱い時にこそ強い

高二担任 大和 由祈

こちらから讃美歌291番「主にまかせよ 汝が身を」を聞くことができます

 

【聖書】コリントの信徒への手紙二12章9節~10節

すると主は、「わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ」と言われました。だから、キリストの力がわたしの内に宿るように、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。 それゆえ、わたしは弱さ、侮辱、窮乏、迫害、そして行き詰まりの状態にあっても、キリストのために満足しています。なぜなら、わたしは弱いときにこそ強いからです。

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これまで、典型的なアウトドア人間だった私は、暇さえあれば予定を入れてあちこちに出かけていたので、家でのんびり本を読んだり映画を見たりということはほとんどありませんでした。生徒の皆さんには「本を読むことが大事だ」「沢山のインプットをして知識を増やすべきだ」と言っておきながら、自分自身はほとんどその時間を取っていなかったのです。しかし、今回このコロナがあったことで、私はこの2020年を自分の中で「インプットの年」にすることに決めました。そして4月から、読んだ本と観た映画の記録をつけはじめ、今日までに読んだ本は45冊、そして観た映画は80本になりました。自分が気になっていたもの、友人や先生、皆さんがClassroomや英語のWritingで紹介していたもの、ネットで話題になっていたものなどジャンル問わず様々なものに触れてきましたが、この雑多なもののインプットというのは、自分の思っていた以上に自分に多くのものを与えてくれていると感じながら、今も空いた時間を見つけては楽しんでいます。

今日はその中でも特に印象に残った、実話をもとにしたドイツ映画「5パーセントの奇跡」という作品を少し紹介したいと思います。

主人公の青年サリーは、ホテルマンになることを夢見ていましたが、就職活動を前に先天性の病気が見つかり、視力の95%を失ってしまいます。彼は「障碍者」として就職活動に臨みますが、「障碍者である」ということを正直に言うと、どこの会社も雇ってはくれません。そこで彼は自分が「障碍者である」ということを隠してホテルマンに応募してしまい、そしてそのホテルで研修生として採用されることになりました。

サリーはほかの研修生たちと一緒に、客室の清掃作業、クローク、キッチン、パーティー会場、バーと様々な部署で研修をしていきます。しかし目がほとんど見えないサリーが、その障碍を隠して、他の研修生と同じ業務をこなしていくことは決して容易ではありません。研修をしていく中で、同じく研修仲間だった青年マックスや、そのほかの何人かの同僚には、それぞれちょっとした出来事で「サリーの目がほとんど見えない」ということがバレていきます。しかし彼らは、サリーの真面目な態度や強い意志をくみ取り、サリーの障碍をホテル側にバラすことなく、そればかりか様々な形でサリーをサポートしてくれるようになりました。特に研修仲間のマックスは、ホテルの間取りを一緒に歩きながら歩数で教えてあげたり、カクテルを作る練習に連日付き合ってあげたりと、とても手厚いサポートをしてくれます。そのおかげもあって、サリーは「目が見えない」ということを隠したまま、順調に研修の課題をクリアしていきます。

順風満帆と思われたサリーの研修生活も、最終課題を前に、壁にぶち当たります。厳しい教官·難しい課題、研修での失敗、さらには家庭のトラブルと悪いことが重なり、サリーはついに心が折れ、ホテルから逃げ出し、自暴自棄になってしまいます。そんな彼をもう一度、ホテルに引き戻してくれたのは、研修仲間のマックスでした。マックスの説得もあり、サリーは研修先のホテルに戻ります。サリーはそこで初めて、ホテルの責任者の人たちに「自分は目がほとんど見えていないこと」を告白し、「そのことをこれまで隠していたことを謝罪」、その上で「でも自分はホテルマンになる夢を諦めたくはないので、最後の修了試験を受けさせてほしい」と頼み込むのです。ホテルの責任者の人たちは、サリーの告白に驚きましたが、「他の人と同じ判断基準で」という条件で修了試験を受けることを認めてくれました。そしてサリーは、そこからまた猛勉強し、無事その修了試験を突破するのです。

このかなりザックリとしたあらすじの説明だと、良くありがちな「障碍を乗り越えて夢を諦めなかった青年を描いた映画」だと思う人もいるかもしれません。勿論、サリーの姿からは「夢を諦めないこと」の大切さを感じますし、そしてそのサリーを支えてくれる周りの人の温かさも、この映画の重要な要素だとは思います。しかし、私がそれ以上にこの映画から考えさせられたのは、「自分が出来ないこと」「自分の欠けているところ」と向き合い、そしてそれを受け入れることの大切さでした。

サリーは、「ホテルマンになりたい」という夢をかなえるためではありましたが、自分の障碍を周りの人に隠すという選択をしました。勿論彼自身は、常に目が見えないという現実を突きつけられながら生活をしていたとは思いますが、周りの人には「目が見えない」ということを隠し、つまり「自分は他の人と同じように目が見える人のふりをして」生活をしていたのです。最初は、彼自身の人一倍の努力もあり、その「嘘をついたままの生活」もうまくいっているように見えました。しかし、トラブルや失敗が重なった結果、彼は限界を迎え、全てから逃げてしまいます。この挫折は、彼に「自分は目が見えないことで、普通の健常者と同じようには出来ないことがある」という現実を、改めて突きつけた辛いものであったでしょう。しかし、この挫折を経て、サリーはこの「目の見えない自分」「それによって出来ないことがある自分」というのを、本当の意味で初めて受け入れることが出来たのではないかと思います。そしてサリーは、自分自身の弱さ·欠けを受け入れることが出来て初めて、それをようやく、自分の口から臆することなく周りの人にも打ち明けることも出来たのです。

サリーは、自分が「目が見えない」ということをホテルの責任者たちに告白するとき、「1人じゃ何も出来ない僕だけど、夢は諦めたくない」と言います。この言葉には、「1人じゃ出来ないことがあるから助けてほしい」というSOSを周りの人に出す一方で、「自分の夢も諦めたくない」という強い意志も感じることが出来ます。「夢を諦めない」という点では、最初のサリーの姿から変わっていないように思いますが、やはりこのありのままの自分を認めた上での姿の方が、真の強さを得ているのではないかと私は思いました。

私たちも日々生活をしている中で、自分に出来ることを見つける一方で、それ以上に自分が出来ないこと、自分の思い通りにいかないことに出会います。そして、そのような壁にぶち当たると、私たちは多くの場合、それを見て見ぬふりをしたり、そこから逃げようとしたりしてしまいます。
しかし、出来ないことがある自分、思い通りにいかないことがある自分も、自分自身であり、いくら逃げようとしたところで、その自分でなくなることはありません。その弱さを受け入れて、自分の中で認めることで初めて、本当の自分に出会い、その本当の自分が出来ることを見つけていくことが出来るのではないかと思うのです。

そして、この弱さがある自分、欠けがある自分が突きつけられたとき、私たちが思い出すべき存在が神様だと思います。神様は、どんな私たちであっても無条件に受け入れてくれ、そしてどんなときでも私たちと共にいてくださいます。そのことは、先ほどお読みしたパウロの言葉にも述べられています。9節にあるように「神様の恵みは、神様の力は、私たちの力が弱っているときこそ、十分に働くもの」だということです。

私たちはこの言葉を信じ、自分自身の弱さを痛感してしまうときこそ、この神様の存在を思い出し、そして助けを求めていきたいと思います。「出来ない」「分からない」その自分をさらけ出すことによってこそ、その神様の助けに気付く瞬間というのも訪れるのです。そして、その力も借りて、自分自身の弱さを認め、その中で自分に出来ることを見つけていかれればと思います。

礼拝メッセージ 9月7日

Peace of cake

宗教主任 藤本 忍

こちらから讃美歌380番「立てよいざ立て」を聞くことができます

【聖書】マタイによる福音書6章19節~21節

「あなたがたは地上に富を積んではならない。そこでは、虫が食ったり、さび付いたりするし、また、盗人が忍び込んで盗み出したりする。富は、天に積みなさい。そこでは、虫が食うことも、さび付くこともなく、また、盗人が忍び込むことも盗み出すこともない。あなたの富のあるところに、あなたの心もあるのだ。」

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8月は私にとって「戦争」と「ケーキ」の月です。「悲劇」と「祝い事」が同時に訪れる月です。6日の広島原爆投下、9日の長崎原爆投下、15日敗戦記念日、そして20日の私の誕生日。今年の8月はコロナの影響なのか、例年より戦後が少し遠くに行ってしまったような感じがしました。そして、有難いことに何度か誕生日ケーキを食べました。その度に祝ってくれた人達のケーキの切り方が違っていて記憶に残りました。どんなに大きなケーキでも、そこに集った人数に合わせて切る人、逆にどんなに小さくても、公平に同じ大きさに切って余りを出す人、また、ケーキに乗っているフルーツを切らないようにして、大中小様々な大きさに切って、食べる人が好きな大きさを選べるようにする人、等々。

昨日、7号位(直径21cm)のショートケーキの写真を色々な先生に見せて、どの位の量を食べたいか聞きました。Y先生は「全部食べたい。切る必要はないです。」と言い、英会話のM先生は「1/4がいいな。それが私のお腹には丁度いい!」と言い、A先生は「食べられる限り全て」と言いました。私自身はお腹が空いていなかったので、1/8食べられればいいと思っていました。円型の物は偶数だと切り易い、というのも頭にありました。またS先生は「一切れ、一切れ頂ければ充分です。でも二切れ頂けたらなお嬉しいです。」O先生は「イチゴだけ下さい。あとはいりません。」M先生は「ショートケーキは好きじゃないからな~」と具体的な大きさは言いませんでした。最後にD先生。「1/4でいいです。チョコレートケーキじゃないから。」と遠慮がちに言っていましたが、8人に聞いて1/4を要求されるのは分ける側からするとキツかったです。
自宅に帰り、どうやって分けるのが良いのか、写真のケーキに実際に切れ目を入れて、先生達の要望を割り当ててみました。そして、上手く要望に応えようとすればするほど、やはりY先生の「全部食べたい」という要望とA先生の「食べられる限り全て」という要望に対して、どうすればいいのか、そこに焦点が絞られました。要望を減らしてもらうにはどう交渉したらいいのか、寝ずに考えました。

実はこの「Peace of cake」は、ケーキを地球(領土)に見立てて、どうやって平和の裡に、争いなく分けることができるかを考える「実践的平和学習の一環」でした。実際、私は、全部取りを要求するY先生をアメリカの指導者に重ねてみたり、控えめなS国の要求では、いずれY王国に滅ぼされることを想像したり、小さいながらも藤本国は大国Yにどう抵抗しようかなど、真剣に考えたりしました。イチゴだけを要求するO国は、油田だけが目当てなのか、A国には交渉のタイミングさえ間違えなければ、きっと大した量は要求しないないだろう、そんなことも考えました。そして、気付いたことは、この場合の私にとっての平和は「譲ることであり、誰かの為に妥協することであり、自分の言い分をひっこめること」でした。
そして、もし、ここにイエス様が参加していたら、多分、「皆で分けなさい」と言って全てを放棄するのではないか、と考えました。なぜなら、イエス様は普段からお金を一銭も持たず、日々の生計は弟子達に任せ、十字架の死に至るまで、一切の財産を持たなかったからです。ひたすら与えて、与えて、与え続けた方でした。ご自身は手ぶらで生涯を終えて、世界に途轍もない足跡を残しました。「天に富を積む」とは地上のものに執着しない、イエス様のような生き方のことを言うのかもしれません。

イスラエル、ドイツ、イギリス、日本の中学生に聞いたアンケートにこういうものがあります。「正義の戦争はあるか」、「どんな戦争にも反対か」。前者の問いには最も賛成が少なく、後者の問いに対しては8割以上が「反対」と日本の中学生は答えています。4か国中、日本の平和意識は最も高いのです。これは誇るべき数字だと私は思います。戦後75年、引き続き「平和を実現する」ために、私達はこれからも血の滲むような努力をしていかなくてはならない、と改めて決心しました。