投稿者「soshin」のアーカイブ

礼拝メッセージ 5月27日(水)

「相手を思う」ということ

英語科  登道 孝浩

こちらから讃美歌313番「この世のつとめ」を聞くことができます

 

【聖書】イザヤ書 58章9節
「あなたが呼べば主が答え あなたが叫べば 『わたしはここにいる』と言われる。」

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2月末に休校になってから3か月近くが経とうとしています。自粛生活が長く続いていますが、皆さんはいかがお過ごしですか。さて今回礼拝の依頼を受け、パッと頭に浮かんだのが今回の聖書箇所でした。パッと頭に浮かんだというよりは実際に目の前にあった、と言う方が正しいかも知れません。
いま、自室の作業机の上に「ヘブンズドロップス ”Heaven’s Drops” (空色のしずく)」という名前の日めくりカレンダーがあります。これは一日一日異なる聖書箇所が選ばれ、それぞれの聖書箇所によせて「ひとこと」が書かれているカレンダーです。このカレンダーは、私が大変尊敬するある先生からいただいたものです。毎朝、自分の活動を始める前に必ずその日の「ひとこと」を確認するようにしていて、そこに紡がれている言葉は私の一日を過ごす活力になっています。クリスチャンではない私の妻も、時折私の部屋に来てはその日の「ひとこと」を確認して、自らの行動指針にしています。
今月25日の鳥居先生の礼拝で、「プレゼントそのものよりも、相手の思いのほうが嬉しい」という言葉があったと思います。私にとってこの日めくりカレンダーはそれ自体が宝物ですが、それ以上に、このカレンダーをプレゼントして下さった先生の自分に対する深い思いを感じて、感激したことを覚えています。
緊急事態宣言が全面解除されて皆さんが待ちに待った学校生活が戻りつつありますが、まだまだ予断は許しません。新型コロナウイルスは、私たちの生活のみならず考え方(価値観)や人生観さえも変えてしまいました。ともすれば「自分さえ感染しなければ、それでよい」というような自分勝手な考えに陥りがちです。そういうときだからこそ、いま一度「相手を思う」ということの大切さを認識し、実践してみてほしいと思います。

 

 

 

礼拝メッセージ 5月26日(火)

「種をまく人」

高二副担任  山村 杏菜

こちらから讃美歌352番「あめなる喜び」を聞くことができます

 

【聖書】マルコによる福音書4章3節~9節

「よく聞きなさい。種を蒔く人が種蒔きに出て行った。蒔いている間に、ある種は道端に落ち、鳥が来て食べてしまった。ほかの種は石だらけで土の少ない所に落ち、そこは土が浅いのですぐ芽を出した。しかし、日が昇ると焼けて、根がないために枯れてしまった。ほかの種は茨の中に落ちた。すると茨が伸びて覆いふさいだので、実を結ばなかった。また、ほかの種は良い土地に落ち、芽生え、育って実を結び、あるものは三十倍、あるものは六十倍、あるものは百倍にもなった。」そして、「聞く耳のある者は聞きなさい。」と言われた。

 

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私が聖書と出逢ったのは、みなさんよりも少し大きくなってから、大学に入ってからのことでした。私の家族にはクリスチャンはいませんでしたから、それまでの人生で聖書に触れることはほとんどありませんでした。もしかしたら中1のみなさんにも、そんな人がいるかもしれませんね。でも、こうやって聖書を手にとって、「神様の御言葉に耳を傾けることが、こんなに素晴らしいことなんだ!」と気づく時がきっと来るでしょう。今日は私が聖書を読み始めた頃に、心に残ったお話を共有したいと思います。

みなさんは、フィンセント·ファン·ゴッホの「種を蒔く人」の絵画を知っていますか?この絵を見ると、「なんだ、農夫がただ種を蒔いているだけではないか。」と思う人もいると思います。私も当時はそんな気持ちでした。しかし、ある時、牧師さんが「この絵は聖書の言葉を知っている人と知らない人とでは、見方が大きく変わるんですよ。」とお話してくださいました。

実はこの絵画は、イエス·キリストの語った『「種を蒔く人」のたとえ』というたとえ話の一つとされています。このお話の中で、「種を蒔く人は、神の言葉を蒔くのである。」(マルコ4章14節)とイエスは語っています。さらに、その「種」がその後どのような場所に蒔かれていくのか、イエスはとても詳しく伝えているのです。では、それぞれの「土地」とは一体何を表しているのでしょうか。きっとそれは、私たちの「心」の状態のことを語っているのだと思います。

ゴッホは、自分自身も聖職者を目指していた時期があり、この作品の中にはキリスト教の宗教観が込められていると言われています。また、画家のジャン=フランソワ·ミレーの影響も強く受け、この作品を描いたそうです。さて、ゴッホはどんな気持ちでこの作品を描いたのでしょう。それはゴッホ自身にしか分かりませんが、聖書のお話を知ることで、今までとは何か違った見方ができるかもしれません。

このお話を聞いてから、私はキリスト教やクリスチャンの見ている世界観に惹かれるようになりました。そして、「聖書」という不思議な本との出逢いは、後に私の人生を大きく変えてくれました。今日の私の礼拝メッセージも本当に小さな小さな「種」かもしれませんが、どうかみなさんの心に神様の言葉が届きますように、お祈りしたいと思います。

「種をまく人」

フィンセント·ファン·ゴッホ 作

クレラー=ミュラー美術館、オッテルロー

 

「自粛中でも取り組めるSDGs」プロジェクト第3弾

こんにちは、捜真SDGs実行会です。
今日は、「自粛中でも取り組めるSDGs」の第三弾を配信していきたいと思います!

まず、報告のメールを下さった皆さん、ありがとうございました。
グループ一同、皆さんの取り組み、協力に感謝の気持ちでいっぱいです。
近々、集まった報告をまとめて紹介するので楽しみにしていて下さいね!

今週も引き続き、みなさんの報告のメールをお待ちしております。
こちらのメールアドレスにお送り下さい。

stayhomeSDGs@gmail.com

どんな些細なことでも大丈夫なので、報告して頂けると嬉しいです!
他に良いアイデアが思いついたという場合も是非ご連絡下さい!

(報告の例)
①電気を節約しよう
•スマートフォンやタブレットなどの充電器は一回一回コンセントから抜いています!
•太陽の光が入る明るい部屋で本を読みました。

【第三弾】
①節水を心がけよう!
お風呂、歯磨き、食器洗いなど、身近に隠れているたくさんの節水チャンスを見つけて実践してみましょう。

②ビニール袋は捨てずに再利用!
ビニール袋を貰った時は、捨てずにシンクの生ゴミ入れにしたり、掃除の時に手袋代わりにするなどして再利用しましょう!

【第三弾の目標ゴール】

【目標ゴールに関する豆知識】

「13 気候変動に具体的な対策を」
·地球上に存在する水の約97%は海水。人間が利用できる水は地球上のわずか0.01%
しかないのです。
·水道水を作るには多大なエネルギ ーが投入されています。 地球環境を守るため節水
への取組みが必要です。

「12 つくる責任 つかう責任」
·日本人1人当たりのプラスチックごみ廃棄量は32kgで米国に次いで世界第2位です。
·地球上の陸や海における資源、石油や石炭などには限りがあります。資源を消費する
私たちの責任は、提供された資源を最大限に活用することです。

 

 

礼拝メッセージ 5月25日(月)

「神様とのつながり」

高等学部教頭  鳥居 敬一

こちらから讃美歌24番「父の神よ」を聞くことができます

 

【聖書】ルカによる福音書15章11節~32節
また、イエスは言われた。「ある人に息子が二人いた。弟の方が父親に、『お父さん、わたしが頂くことになっている財産の分け前をください』と言った。それで、父親は財産を二人に分けてやった。何日もたたないうちに、下の息子は全部を金に換えて、遠い国に旅立ち、そこで放蕩の限りを尽くして、財産を無駄遣いしてしまった。何もかも使い果たしたとき、その地方にひどい飢饉が起こって、彼は食べるにも困り始めた。それで、その地方に住むある人のところに身を寄せたところ、その人は彼を畑にやって豚の世話をさせた。彼は豚の食べるいなご豆を食べてでも腹を満たしたかったが、食べ物をくれる人はだれもいなかった。そこで、彼は我に返って言った。『父のところでは、あんなに大勢の雇い人に、有り余るほどパンがあるのに、わたしはここで飢え死にしそうだ。ここをたち、父のところに行って言おう。「お父さん、わたしは天に対しても、またお父さんに対しても罪を犯しました。もう息子と呼ばれる資格はありません。雇い人の一人にしてください」と。』そして、彼はそこをたち、父親のもとに行った。ところが、まだ遠く離れていたのに、父親は息子を見つけて、憐れに思い、走り寄って首を抱き、接吻した。息子は言った。『お父さん、わたしは天に対しても、またお父さんに対しても罪を犯しました。もう息子と呼ばれる資格はありません。』しかし、父親は僕たちに言った。『急いでいちばん良い服を持って来て、この子に着せ、手に指輪をはめてやり、足に履物を履かせなさい。それから、肥えた子牛を連れて来て屠りなさい。食べて祝おう。この息子は、死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったからだ。』そして、祝宴を始めた。
ところで、兄の方は畑にいたが、家の近くに来ると、音楽や踊りのざわめきが聞こえてきた。そこで、僕の一人を呼んで、これはいったい何事かと尋ねた。僕は言った。『弟さんが帰って来られました。無事な姿で迎えたというので、お父上が肥えた子牛を屠られたのです。』兄は怒って家に入ろうとはせず、父親が出て来てなだめた。しかし、兄は父親に言った。『このとおり、わたしは何年もお父さんに仕えています。言いつけに背いたことは一度もありません。それなのに、わたしが友達と宴会をするために、子山羊一匹すらくれなかったではありませんか。ところが、あなたのあの息子が、娼婦どもと一緒にあなたの身上を食いつぶして帰って来ると、肥えた子牛を屠っておやりになる。』すると、父親は言った。『子よ、お前はいつもわたしと一緒にいる。わたしのものは全部お前のものだ。だが、お前のあの弟は死んでいたのに生き返った。
いなくなっていたのに見つかったのだ。祝宴を開いて楽しみ喜ぶのは当たり前ではないか。』」

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先日、ある生徒からこういう質問をされました。
「先生は父の日のプレゼントにお子さんから何をもらったら嬉しいですか?」
「欲しかった物をもらって嬉しいということもあるけれど、それ以上にプレゼントしてくれる気持ちが嬉しい。」「物がなくてもカードなどで思いを伝えてもらうことのほうが嬉しいと思う。」と私は答えました。
子供の頃はプレゼントそのものを嬉しく感じました。しかし、今はプレゼントそのものよりも、相手の思いのほうが嬉しいです。その人と自分との関係を喜ぶようになったのだと思います。
今日の聖書の箇所の放蕩息子の兄弟が大事にしていたものは何でしょう。
この兄弟が共に大事にしていたのは父からもらう財産でした。弟は放蕩(好き勝手にふるまうこと)した末に、やっと父との「つながり」が大事であることを悟りました。それに対して兄は、ずっと父とつながってはいましたが、大事にしていたのは「つながり」ではなく財産でした。
私たちは神様に何を求めているでしょうか。神様の恵みは絶えず上から降り注いでいます。それを私たちは手のひらを上に向けて受け取ることができます。しかし、その手の上に載ったものだけを見て握り締めてしまうと、上からの恵みを受け取ることができなくなります。手にしたものが一番になってしまうと、与えてくださった神様とのつながりが切れてしまします。
放蕩息子の父は最後にこう言っています。
『子よ、お前はいつもわたしと一緒にいる。わたしのものは全部お前のものだ。だが、お前のあの弟は死んでいたのに生き返った。』
つまり、神様と一緒にいることは、恵みを全て手にすることであり、神様から離れることは、死んだのと同じ状態だということです。
全てを与えてくださる神様とのつながりを最も大切にできるように日々祈りたいと思います。

図書館だより 5月23日(土)

『ファーブル昆虫記の虫たち』熊田千佳慕 絵·文 小学館

横浜出身の画家(長く三ツ沢にお住まい)。若いころはデザイナーとしてポスターや資生堂の椿柄の包装紙などを手がける。戦後絵本作家として、細密な描写でその才能が評価された。昆虫の視線から見える世界を美しく描く。地元横浜での思い出は『熊田千佳慕のハイカラ人生記』に詳しい。(捜真生についても書かれている)

昆虫と植物がおしゃべりをしているように描かれた絵は、一度見たら忘れられない。

 

『熊田千佳慕の言葉 私は虫である』熊田千佳慕 求龍堂

熊田さんの語録ノートからの抜粋とインタビューをまとめたもの。

「人間も虫や花と同じ生き物としての仲間です。命も重さも同じです。最近、身のまわりのささいなことから愛を感じる心を忘れてしまい、悲しい事件が増えているように感じます。いつの間にかなくしてしまった、愛を感じる心を気づかせてくれるのが小さな命たちです。人々がそのことに気づいてくれたら、もっと素敵な世の中になるのではないでしょうか。微力ながらそんな思いも抱きながら、私は絵を描いています。」コロナ禍にこの一言が心に沁みます。

 

『ナショナルジオグラフィック 2020年5月号 昆虫たちはどこに消えた?』

最新号の特集は昆虫。ナショナルジオグラフィック(以下ナショジオ)は、130年余りの歴史があり、36か国語で出版されている権威ある写真雑誌。

今回の特集は、「昆虫の絶滅は地球の崩壊の前触れか?」現場や研究者の取材をもとに、私たち人間が何に向かっていくべきかの提言がされている。

捜真生が興味を持つ、SDGsの裏付けになる記事が毎号満載されているので、是非こういった科学的な根拠を参考にして活動につなげていってほしい。

礼拝メッセージ 5月22日(金)

「時にかなって美しい」

中1副担任·留学委員長  森 美和子

 

こちらから讃美歌213番「みどりのまきばに」を聞くことができます

 

【聖書】箴言23章18節 確かに未来はある あなたの希望が断たれることはない。

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マンションの我が家のベランダからは小さな川が下に流れているのが見えます。コンクリートで両岸を固められた川ですが、色々な生き物が見られます。少しだけブロックがダムのようになって流れをゆるやかにしているところもあり、白や灰色のサギが来て魚を捕えたりもします。大きな鯉がたくさん泳いでいますが、名前のわからない小さな小魚たちが群れているのも見えたりします。春になるとカメが何匹か泳ぎだして、水から突き出た小さな岩の上で甲羅干しをしています。首の長い黒い鵜が見事な潜水を見せて魚を捕えています。カルガモの親子が泳いでいることもあります。冬になるとおそらく渡り鳥と思われる水鳥たちが何種類か越冬していきます。そして何よりも私がうれしかったのは、背中の青く光る小さなカワセミが時々姿を見せて、「ピーッ」という澄んだきれいな鳴き声を響かせてくれることです。引っ越してきたばかりのころ、こんなコンクリートに囲まれた川がたくさんの小さな生き物たちの世界になっているとは思いもよりませんでした。

コロナウィルス感染拡大により外出が制限されるようになって、ベランダから小さな生き物たちの世界を眺められるのは、私にとって気分がリフレッシュできる大事な時間になりました。ある風の強い日に、私はまたベランダに出て川を眺めようとしました。川の水はとても澄み、鯉が泳いでいる姿がとてもよく見えました。白いサギが一羽、魚を狙ってジッと水面を見つめていました。ポカポカしたなんとものどかな雰囲気でした。その時です。強い風がザザッと吹いて、風の動きと一緒に川の水面が大きく波立ちました。私が見ていたのどかな川面の様子は、まるでテレビの画面が乱れたかのように揺れ動き、一瞬の風だけで世界が一変してしまいました。私はがっかりしました。でも、その5秒後です。波打った水面に太陽の光線が乱反射して、キラキラキラッと川一面がそれはそれは美しく光り輝いたのです。太陽の自然な光があんなにきれいに瞬く川の様子を私は初めて見ました。川面の揺れがおさまるまでの数秒間、まるで川が星に覆われているかのようでした。最後にチカッと光ったあと、川は元の静かな様子に戻りました。でも、その10秒後には、また強い風がサーッと吹き、川の中は何も見えない状態になります。でもそれで終わることなく、最後には川はキラキラと星の輝くカーテンのようになるのです。

そのくりかえしは何度見ても美しく、あきることはありませんでした。そして、私は神様から大きな安心をいただいたような気持ちになりました。私たちの日常生活は、コロナウィルスの突然の出現により一変してしまいました。これからどうなるのか、わからないことだらけ、見えないことだらけで、不安はつきません。でも、神様は私たちに乗り越えられない試練は与えませんし、神様のなさることには必ず意味があります。神様は私たちに一番よいものを用意してくださいます。絶対に大丈夫なのだから、私たちは日々自分のなすべきこと、できることに一生懸命取り組む、これこそが一番大事なことなのだと思うことができました。たくさんの方々がそれぞれの場でこの世界の生活を守るためにできることを一生懸命してくださっているということに心から感謝しつつ、早く安心して暮らせる世界に変わることを神様に祈り続けたいと思います。

 

図書館だより 5月21日(木)

『昆虫記』今森光彦 福音館書店

大きな図鑑のような本。4月から始まるカレンダーにその時季に登場する虫や植物が写真とともに紹介されている。写真家の今森さんがフィールドとしている滋賀県の四季が、丁寧な解説とともに楽しめる。幼虫やさなぎの写真もたくさんあるので、「私は無理無理!」という人もいるかもしれないが、そんな人もいつか地球の仲間として、人間以外の生き物も受け入れてくれたらなあと思う。

 

『世界のふしぎな虫おもしろい虫』今森光彦 アリス館

では次に、「私は無理無理!」と思っている人に、美しすぎる虫たちを紹介しよう。神様はこんなにも美しい生き物を造ってくださったんだ。と感謝とため息のでる一冊。

ツマキハラナガイイトトンボ(ペルー)、レースコロギス(マレーシア)、シタムラサキナンベイオオバッタ(ブラジル)、リボンカゲロウ(ギリシャ)、ジュウシチネンゼミ(アメリカ)、が私のお気に入り。

 

『魔法のはさみ 今村光彦の切り紙美術館』今村光彦 クレヴィス

なんと、今森さん、写真だけではなく切り紙作家としても活躍している。本物の昆虫も美しいが、人間の技も素晴らしい。

 

礼拝メッセージ 5月21日(木)

「変わらないもの」

英会話担当  テリオ·マイア

こちらからゴスペルソング「This we know」を聞くことができます

Psalm 90:1-2

Lord, you have been our dwelling place in all generations.

Before the mountains were brought forth,

or ever you had formed the earth and the world,

from everlasting to everlasting you are God.

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Lots of things have changed in the world recently.  Like you– students around the world haven’t been able to go to school.  A lot of people have lost their jobs and their income.  The Olympics have been postponed. Basic items like toilet paper, masks, and hand soap have been sold out.  Many family relationships are stressed.  People have become afraid to ride the train.  There have been SO many changes, SO quickly! We could easily list more than twice as many.

Our eyes and our minds easily notice what has changed.  However, there are also lots of things that haven’t changed.

The Bible tells us: God is good.  God is wise.  God is powerful, more powerful than any of the governments of the world.  He is active.  He provides for us.  He listens to your prayers.  He understands our pain and fears.  He protects.  He is able to heal.  He loves you.  He offers us forgiveness and eternal life.

Even though the circumstances that we can see have changed a lot, God and His truths are unchanging and eternal.  This gives me hope; we don’t have to be stuck in fear of the changing circumstances, because God is still good and still powerful.  During this time of quarantine, I have been going out to walk or run.  My exercise has been interrupted again and again, though, when I notice some flowers and stop to take pictures of them.  Actually, I am not usually interested in taking pictures of flowers, but this year I have been really amazed at how beautiful the flowers in Japan are and how many different colors and shapes there are.  Seeing the incredible flowers God created reminds me of the truths about God that we can’t see with our eyes.

2 Corinthians 4:18

…we look not to the things that are seen but to the things that are unseen.  For the things that are seen are transient, but the things that are unseen are eternal.

 

詩編 90編 1-2節

主よ、あなたは代々にわたしたちの宿るところ。

山々が生まれる前から

大地が、人の世が、生み出される前から

世々とこしえに、あなたは神。

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ここ最近、多くのことが世界で変わってしまいました。きっとあなたも―。今、世界中の多くの生徒たちが学校に行くことができません。たくさんの人が仕事や収入を失くしました。東京オリンピックは、延期になりました。身の回りの日用品にも変化があります、例えばトイレットペーパーやマスク、せっけんといった必需品が売り切れるようになりました。家族などの人間関係にも変化があり、ストレスを抱えている人もいます。人々は電車に乗るのを恐れるようになりました。

本当にたくさんのことがあっという間に変わってしまいました。変化を挙げたら、きっときりがないでしょう。

私たちは変わってしまったことに目を向けたり、考えたりことはすぐにできると思います。でも、そんな中で「変わらないもの」もたくさんあります。

聖書はわたしたちに教えてくれます。

神は素晴らしい。神は全知全能である。神は偉大な力があり、いかなる世界の統治よりも優れている。神は働いている。神はわたしたちの祈りに耳を傾け、必要なものを与えてくださる。神はわたしたちの痛みや恐れを理解している。神はわたしたちを癒し、そして愛してくださる。神は私たちを許し、そして永遠の命を与えてくださる。

わたしたちが表面的に見ていることは変わってしまいましたが、主と主が語る真実は決して変わらず、そして永遠のものです。このことが私に希望を与えてくれます。私たちには神様が共にいてくださるので、この先が見えない現状に怯えたり、嘆いたりしなくていいのです。神様はこんな時にも働いてくださるのです。この自粛期間中に、私は外に出てランニングや散歩をしています。でも、すぐに立ち止まってしまうのは、きれいな花を見つけ、つい写真を撮りたくなってしまうからです。いつもはあまり花の写真を撮ったりしないのですが、なぜか今年はたくさんの花の写真を撮り、その度にその美しさや色とりどりの色合いに驚かされます。このように神様がお造りになった自然の美しさを見ることで、(ここでは花の見事な美しさですが)、目には見えないけれども、神様の偉大さを改めて感じるのです。

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コリントの信徒への手紙二  4章 18節

わたしたちは見えるものではなく、見えないものに目を注ぎます。見えるものは過ぎ去りますが、見えないものは永遠に存続するからです。

 

 

寿町へ無事、お届けしました。「寿町支援プロジェクト」

こんにちは。
捜真SDGs実行会「寿町支援プロジェクト」です。

皆さんが送ってくださった、カップラーメン、マスクを無事、寿町地区センターに届けることが出来ました。

皆さんの多大なるご協力に感謝します。

これからも捜真SDGs実行会は、精進して参りますので、応援よろしくお願いします

礼拝メッセージ 5月20日(水)

「たとえ今できなくとも」

高二担任  内山 仰太郎

 

こちらから讃美歌512番「わが魂のしたいまつる」を聞くことができます

 

【聖書】 ヨハネによる福音書13章36節~38節

シモン·ペトロがイエスに言った。「主よ、どこへ行かれるのですか。」イエスが答えられた。「わたしの行く所に、あなたは今ついて来ることはできないが、後でついて来ることになる。」ペトロは言った。「主よ、なぜ今ついて行けないのですか。あなたのためなら命を捨てます。」イエスは言われた。「わたしのために命を捨てると言うのか。はっきり言っておく。鶏が鳴くまでに、あなたは三度わたしのことを知らないと言うだろう。」

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新型コロナウィルスの流行によって一時的な休校が決まったのが2月末。それからこんなに長く学校が閉鎖になるとは、だれが予想したでしょうか。本当に私たちは、私たちが思いもよらない形で、今まで当たり前に出来ていたことが出来なくなることがあるのだ、ということを思い知らされています。皆さんも、多くの人が、今これをやりたいのに出来ない、なぜ今これが出来ないのか、という焦りや悲しみの気持ちを心の中に抱えているのではないでしょうか。頑張ってきた部活の最後の大会やコンクールがなくなってしまったり、予定していた留学が中止になったり、当たり前のように行われてきた行事が中止や延期になったり、授業だけでなく「今したい」のに、できなくなってしまったことがたくさんあります。特に、高校三年生の人たちは、なぜ今年なの?という思いが強くあることでしょう。世の中の人がみんな苦しいのだから、と言われても、それだけでは割り切れない思いがあることでしょう。

先日、高校三年生の生徒とオンラインで話す機会がありました。受験への不安、友達と会えないことへの嘆きなどを話してくれた後に、何か前向きなれるような「いい話」はないか、と言われ、私の頭に浮かんだのが冒頭に掲げたペトロとイエス·キリストとのやりとりでした。前向きになれる「いい話」かどうかは別にして、私は、何かしら人生の苦境に立つたびにこの聖書個所のペトロのことを思い出します。ペトロはイエスの一番弟子であり、自分は当たり前のようにイエスを誰よりも愛し、イエスの行く所ならどこにでもついて行ける、と信じて疑わなかった人です。イエスが逮捕され十字架につけられる、その直前の時、ペトロは「わたしは最後まであなたについていきます」と言うのですが、イエスは「わたしの行く所にあなたは今ついて来ることはできないが、後でついてくることになる」と答えます。この言葉はきっとペトロにとっては大きなショックであったことでしょう。だからこそペトロは「なぜ今ついて行けないのですか」と食い下がるのです。

私たちは、今、この時、本来できるはずのことができないこと、これをなかなか受け入れることが出来ません。「なぜ今できないのですか?今でなければだめなのです」。今できないことに直面した時、私たちはこの時のペトロのような思いを抱くことがあるのではないでしょうか。しかし、ペトロはこの後、自らの保身のためにイエスが逮捕される場から逃げ出し、イエスが予告したように「イエスのことは知らない」と三度も言ってイエスを裏切り、「今できる」と言ったことができなかった自分に絶望することになります。自らの弱さを思い知らされ、打ち砕かれるのです。

イエスはそのようなペトロの弱さを最初から知っていたのだと思います。だからこそ「わたしの行く所に、あなたは今ついてくることができない」と言ったのだと思うのです。しかし、イエスはペトロにこのようにも言いました。「後でついてくることになる。」このイエスの言葉に、私は希望を見出したいと思うのです。たとえ今できなくても、後でできるようになる、それをわたしは待っているのだ、そうイエス·キリストに呼びかけられているように感じるのです。

ペトロは、イエスが天に挙げられた後、その後一度たりともイエスを知らない、と言うことはありませんでした。むしろ、多くの迫害や困難にも恐れることなく、イエスこそ真の救い主である、という福音を力強く証しする真の一番弟子となるのです。自分の弱さに打ち砕かれたからこそ、その弱さをひっくるめて「後でついてくることなる」と言ったイエスの言葉を信じることが出来たのだ、と私は思うのです。私たちもまた、今できないことに直面し、自らの弱さや力のなさに直面する日々を送っています。しかし、たとえ今できなくとも、後でできる、それを私は待っている、というイエスの言葉を信じたいと思います。冒頭の聖書個所の続きには次のようなイエスの言葉があります。「心を騒がせるな。神を信じなさい。…わたしの父の家には住む所がたくさんある。もしなければ、あなたがたのために場所を用意しに行くと言ったであろうか。行ってあなたがたのために場所を用意したら、戻って来て、あなた方をわたしのもとに迎える。」困難の先にも、私たちが迎えられる場所はある、そのことに私たちは希望を持ちたいと思います。

 

図書館だより 5月19日(火)

五月に入り、中庭の藤棚が華やかになってきたと思っていたら、次はバラが真っ赤にアーチを飾っています。その脇で用務員さんが刈り込んでくれた捜真のハートが皆さんと会えるのを待っています。

 

連休中にテレビで昆虫の番組を三本視聴しました。

1)BSプレミアムカフェ ファーブル昆虫記 南仏 愛しき小宇宙

  フランス文学者…奥本大三郎  昆虫カメラマン…海野和男

2)1億人の大質問!笑ってコラえて! 豊田蛍の里ミュージアム 学芸員…川野敬介

3)NHK Eテレ 香川照之の昆虫すごいぜ!  俳優…香川照之

昆虫は苦手ではありませんが、特に興味があるわけでもありません。しかし、この三つの番組は食い入るように見てしまいました。それは、登場する方々の尋常ではない昆虫“愛”が画面から溢れていたからです。さらに、主人公の昆虫たちの生態や姿が尊敬に値するほどすばらしく美しい。ため息が出るほどでした。みなさんにもこの魅力的な世界を知っていただきたく、図書館にあった本を紹介します。

 

少しでも早く昆虫に出会いたい人には

第2回 小学生がえらぶ!“こどもの本”総選挙 堂々第一位!五位六位!

『おもしろい!進化のふしぎ ざんねんないきもの事典』続·続々 

今泉忠明 高橋書店

をおすすめします。 例えば→P29「ほとんどのホタルは光らない」。あなたは知ってた?

礼拝メッセージ 5月19日(火)

「祈り」

学院長  中島 昭子

こちらから讃美歌461番「主われを愛す」を聞くことができます

【聖書】イザヤ書42章9節
昼、主は命じて慈しみをわたしに送り、夜、主の歌がわたしと共にある
わたしの命の神への祈りが。

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捜真生は「お祈り」とか「黙祷」と言うと、どのような場面でも静かになって、目を閉じます。ホームルームや礼拝では、その日欠席のお友だちが元気になって登校できますように、献金を捧げているフィリピンの子どもたちをお守りくださいと祈ります。ある夕方、お友だちのご家族が病気ということを知った高校生が輪になってお祈りしているのを見たことがあります。捜真は心を合わせて祈る時間を大切にしている学校です。

さて、校内に昔の校舎の模型があるのをご存じでしょうか。白い塔、教室など、アメリカ風の建物が並んでいます。今と違うのは、建物が木造で、寄宿舎もあったことでしょうか。与謝野晶子が来て歌を詠み、川端康成の小説の挿絵になった美しい校舎でした。

しかし、75年前1945年5月29日、この校舎はわずか30分で燃え尽きてしまいました。横浜大空襲です。午前9時ごろから618機の飛行機が爆弾を投下、横浜は焼け野原になり、死者は1万人を超えたと言われています。捜真には生徒46名と教職員8名がいました。空襲があるかもしれないというので、登校しなかったり、途中で家に戻ったりした生徒もいましたし、工場に出ていた者、疎開していた者もいたので、登校した人数は少なかったのです。卒業生のIさんがこの日のことを次のように書いています。
「工場勤務が続いたけれど、今日から交代で学校に行き勉強できる。登校途中で空襲警報が出て、友人たちと夢中で走り、学校の防空壕に駆け込んだ。それでも久しぶりの学校でうれしく、防空壕の中で皆で書き取りをした。(中略)ここは危ないというので、防空頭巾を水で濡らし、反町方面に走った。しかし、消防団の人に下は火の海だから引き返すように言われ、追われる動物の群れのように走り、戻ると捜真の白い塔が炎と煙に包まれていた」
空襲の後、焼け跡に集まった生徒と先生は、まず祈ったそうです。「捜真を元のような学校にして、勉強できるようにしてください」という祈りであったのだと思います。

私たちの祈りは、昔も今も、私たちに命を与え、私たちを愛してくださる、どのような時も共にいてくださる父なる神に心を向けた感謝と願いです。

【お祈り】全知全能の父なる神様、今日も生かされていることに感謝します。この一日を生きるのに必要なものを全て与えてくださりありがとうございます。今、世界は大きな苦しみの中にありますが、病気で苦しんでいる方々を癒してください、私たちの命と生活を守るために働いている方々を特別に祝福してください、今日私たちが為すべきことを示してください。神様の独り子イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

在校生の皆さん

今日一日、どのようにお過ごしでしたか。学校では先生たちが授業の準備や打ち合わせ、生徒との個人面接をしていました。皆さんと直接お会いする日を楽しみにしながら準備を進めています。

今週も健康に気を付けてお過ごしください。

 

 

「自粛中でも取り組めるSDGs」プロジェクト

こんにちは、捜真SDGs実行会です。
先週から始まったプロジェクト「自粛中でも取り組めるSDGs」 今週も第2弾を配信していきたいと思います!!

まず、このプロジェクトの内容について、もう一度説明します!
これは、家にいながらも積極的にSDGsに取り組めるような、さまざまなアイデアをみなさんに発信していきたいという思いからできたプロジェクトです。

SDGsは、一人一人が少しづつ意識することで大きな結果に繋がっていきます。
毎週月曜日にGメールでアイデアを発信していきますので、自分ができることに取り組んでみて下さい。

また、みなさんの取り組んでみましたの報告もお待ちしております。
こちらのメールアドレスにお送り下さい。

 

(報告の例)
①電気を節約しよう
•スマートフォンやタブレットなどの充電器は一回一回コンセントから抜いています!
•太陽の光が入る明るい部屋で本を読みました。

このように、どんな些細なことでも大丈夫です。
他に良いアイデアが思いついたという場合も連絡して下さると嬉しいです。

【第二弾】

①家族で過ごす時間が沢山あるからこそ、災害などの非常事態に備え、避難場所などを事前に話し合っておこう!

②ゴミを減らそう!
例えば、ペットボトルは一度で捨てるのではなく、水筒代わりにしてみるなど!!

今週も、どんなに些細な事でも、私達にできることをやっていきましょう!!
皆さんにとって、充実した一週間となりますように🌟

【第二弾の目標ゴール】

 

礼拝メッセージ 5月18日(月)

「テーブルの上のみことば」

中1担任  杉山 知子

こちらから讃美歌501番「いのちのみことば」を聞くことができます

【聖書】ローマの信徒への手紙10章17節

実に、信仰は聞くことにより、しかも、キリストの言葉を聞くことによって始まるのです。

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これは、マサラティー(スパイス入り紅茶)のパッケージに記されていた聖句です。卒業生がインド映画を鑑賞しに我が家に来てくれて一緒に飲んだときには、この聖句に気づきませんでした。キリスト教書店で販売していたので、もしかしたら茶葉を輸入した会社の経営者がクリスチャンなのかもしれません。

ところで、茶葉の原産は南インド、ケララ州とあります。

ケララ州はヒンドゥー教徒が多数を占めるインドの中でもキリスト教徒の割合が高い地域で、イエス·キリストの12弟子の1人であるトマスがこの地に教会を建てたと言われています。
多民族·多宗教が共存するインドにおいて、ケララ州は特に宗教対立が少ないこと、識字率が非常に高くほぼ100%であることが特徴だそうです。インドでは今でも女の子は教育を受けられないことがあるので、この識字率は驚異的です。
日本でも、捜真女学校をはじめとするミッションスクールが女子教育に力を入れたことはよく知られていますね。

インド映画を観ていると、願い事をする人がヒンドゥー教の寺院にもイスラム教のモスクにもキリスト教の礼拝堂にも「お参り」している場面が時々出てきます。たとえば、愛する人の命が助かるように「わたしはすべての神さまに祈ったわ」みたいなセリフがあったり。
七五三は神社、結婚式は教会、お葬式はお寺という日本と、多神教的な土壌が似ているのかもしれません。

私は、人を生かす信仰はすべて尊重します。
しかし、私自身を生かすのは、「キリストの言葉を聞くことによって始まる」信仰です。私にとってキリストの言葉(聖書)は、文字通り「いのちのみことば」(本日の讃美歌501番)なのです。

休校の間ずっとLINEで礼拝を続けている高三や寿町支援プロジェクトに刺激を受けて、YWCAの高校生有志もビデオ礼拝を始めています。
不安をあおる言葉や排除する言葉が少なくない今、誰の言葉を聞くべきか、捜真生はわかっているのですね。

今は学校だけでなく教会の礼拝に集うこともできない日々が続いています。聖歌隊の練習も楽しみだったので、とてもさびしいです。
でも、多くの教会で、ホームページ等で日曜礼拝のお話が読めたり聴けたり、あるいは牧師先生の動画を見ることができたりするんですよ。
部活で日曜日は忙しかった人も、ぜひアクセスしてみてください。

毎日食事をするように、毎日みことばをいただきましょう!