礼拝メッセージ 6月1日(月)

2020.6.1

Soshin Jogakko

「磨き合い」

高三副担任 関 一樹

こちらから讃美歌Ⅱ編26番「小さなかごに」を聞くことができます

【聖書】箴言27章17節

鉄は鉄をもって研磨する。人はその友によって研磨される。

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皆さんこんにちは。

いよいよ今日から学校への分散登校が始まりますね。「久しぶりに友達に会える!」と気持ちが高まっている方や、どのような学校生活になるのかと不安に思っている方もいらっしゃるかと思います。特に中学1年生の方や高校から入学された方はなどは、「友達できるかな…」と不安に思っている方も多いかもしれません。冒頭で御言葉を紹介させて頂きましたが、これは私が友人と会ったり、ぶつかったりする際にいつも思い出す御言葉です。じきに学校が始まり、クラスメートや友だちと会うことができるようになるということで、ここを選びました。

私はこの御言葉の意味は「二本の鉄の刃をこすり合わせるとお互いが磨かれてより鋭く、より輝きを増すのと同じように、人は人との関わりでお互いが磨かれて成長する」という風に解釈しています。人とお互いに成長するという意味では、切磋琢磨という言葉にも似ているでしょうか。

この御言葉では友という字が使われていますが、友と一口に言っても一緒にいて居心地が良い人や、好きだけど嫌な部分もある人、心の中で苦手だなと思ってしまう人など、色々な友がいると思います。また、必ずしも 友=友だち ということでは無く、普段自分が関わりのある人の事を指すかもしれません。

「友によって研磨される」という言葉は一見「友と関わることで研磨されるのだから、仲良しの友と沢山関わりなさい」という意味のようにも感じられますが、苦手と感じる友との関わりも含んでいるのではと思います。私の経験談ですが、「こいつ自己中だな~」と感じたり、友人の態度にムカついてしまったりする際に自分を省みてみると、自分もそういうところがあるなと思わされることが意外とあるものです。友人と話して刺激を受けた時などにこの御言葉を思い出し、素晴らしい友人を与えて下さった神様に感謝するのはもちろんのこと、私は友人とぶつかった時にもこの御言葉を思い出し、神様はその友を通して私に何を教えて下さろうとしているのかと考えます。

今までの日々は、ある意味、居心地が良い友とテキストや電話を通して関わり合うものだったかもしれません。これからはそういった友と直接会うことができるようになっていき、苦手と感じる友と関わる機会も増えるかもしれません。新しい友との出会いもあるでしょう。この期間に新しいことを始めたという人も多いでしょうし(私も人生初の料理に挑戦してみたりしました。)

前から知っていた友人と学校で会っても、話してみたら「え?休校中にそんなことやってたの⁉すご!」という驚きがあったり、変化があったりするかもしれません。そういった友との関わり合いで私たちは刺激を受け、磨かれていくのではないでしょうか。COVID-19による影響で密集を避けるという動きの中、捜真生同士の対面での関わり合いが始まって行きますが、刺激を与え合い、磨き合っていく姿を見られることを楽しみに思います。

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