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学校法人 捜真学院

横浜市神奈川区中丸8番地 045-491-3686(学院総務)

礼拝メッセージ 9月23日

2020.9.23

Soshin Jogakko

温度を感じる

高二担任 廣川 敦子

こちらから讃美歌2編171番「大波のように」を聞くことができます

 

【聖書】箴言21章2節
「人間の道は自分の目に正しく見える。主は心の中を測られる。」

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自粛期間、デザインの仕事をしている私の友人は完全テレワークとなりました。大きな会社で、広いオフィスから突然人の姿が消えました。社員は各自、朝9時になると自宅のパソコンを開き、顧客と直接やり取りをし、1時間の昼休憩を挟み、18時まで働き続けます。仕事の内容は出社していた時と何ら変わることなく、忙しい1日はいつもと場所を変えて始まり、終わる、というだけの話です。結局、彼女の会社はテレワークが見事にうまくいったことで、これからはコロナ問題とは関係なしに、ずっと全員テレワークの体制に代わったそうです。会社側からすると大きなオフィスを構える必要もなくなり、社員の交通費もかからない、というメリットが功を奏し、近々東証一部上場するまでに経営は右肩上がりである、とのことです。友人は兼ねてから、自然の豊かな所で暮らしたい、と話していましたが、これを機に大自然に囲まれた地方に移住しようかと本気で考えているようです。話を聞き、こんな働き方もあるのかと驚きました。

さて自粛期間、捜真でもクラスルームをはじめとするオンライン化が開始されました。もしかしたら、もう教室での授業はできなくなるのだろうか、とか学校という建物だっていつか必要でなくなってしまうのだろうか、と先の見えない状況で私は色々な想像をしました。オンラインさえあれば、英語の授業だってできるし、生徒のみなさんも様々なツールを駆使することで、少なくとも英語の学びはできる、と思いました。そういえば高二では一度だけ休校が明ける直前に各クラスでオンラインによるホームルームをしましたね。オンライン上とはいえ、新しい自分のクラスの生徒に直接つながれたことは、嬉しかったです。しかしながらクラス全体の雰囲気とか、ひとりひとりの様子は、残念ながらよくわかりませんでした。

長い休校期間、そしてなんとなく学校全体が静かだった分散登校が終わり、ついにクラス開きをした教室は、生徒がぎっちり並び、とても狭く見えました。でもその光景こそが本来のクラスなんだ、と私は一人勝手に感動していました。新しいクラスで、初めて全員で顔を合わせた喜びではしゃぐC組のみなさんに、「はい、聞いてくださーい。」と一度で静まらないのを分かっていて、あえて小さめの声で呼びかけました。予想どうり興奮気味のみなさんに聞こえるはずもなく、私が大きめの声でもう一度「聞いてくださーい。」というと少しの時間をかけて静まりました。心の中で私は「そうそう、これだよ、この空気感。クラスってこんな感じだったな。」と久々のクラス担任の感触にまた一人感動を覚えました。

ところで、私は幼い頃からずっと教員になりたいと思っていました。今から17年前、その夢が叶った時のことは今でもよく覚えています。緊張しながら初めて教壇に立った時、初めて小テストの丸つけをするために赤ペンを手にしたとき、初めて中間テストを作った時、初めて担任になった時、一つ一つの小さなことが新鮮で嬉しくて、わくわくしました。

あの頃の感動と種類は違うものの、3か月間の休校を経て再開された学校生活には自分が想像もしなかった感動が時折待っていました。それらは直に見える生徒達の笑顔、直に聞こえる笑い声、そしてあたたかい空気が感じられた時です。オンラインだと心がない、というわけでは決してないけれど、それはかなり通じにくいものになるのだと痛感しました。私は直のコミュニケーションの方がずっと好きです。あらゆる分野の世界で、効率の良さ、とかコストパフォーマンスばかりを重視してはいけないのです。理由を問われたら、データがあって証明できるものではないし、理論的な説明はできません。それでも私は、例えば一生に一回の高校生活は、仲間と顔を合わせて笑ったり泣いたり、オンラインのライブ配信ではなく目の前で行われる授業を受けて、その場で活きたやりとりをすることに価値があるのだと考えます。

時代に合わせた工夫が必要とされていることは重々承知しています。いつの日かきっと例えば聖書も電子化されたものが主流となったり、教会の礼拝だってオンライン上がスタンダード、という日がくるかもしれません。でもまだ今の私にとっては、手元の聖書を日に一度開き、目の前の人の生の声を聞く、この礼拝の時間が何より貴重なことに思えます。捜真のホームページに上がる礼拝メッセージを楽しみにしている卒業生が何人もいらっしゃるのだと島名教頭先生から伺いました。おそらくその方々は、在校中の礼拝の雰囲気や当時の光景、パイプオルガンの音色など、自分の記憶に重ね合わせてメッセージを読んでいらっしゃるのではないかと想像します。もともと捜真の礼拝がオンライン上のものではなかったからこその現象ではないでしょうか。

今、幸いにも私たちは毎日無事に登校をすることがゆるされています。高2のみなさんは学校全体のリーダーとしてできることを必死に模索しています。そのための話し合いも、直接顔を合わせてできています。心の通ったコミュニケーションによって、多くの生徒の心を動かそうとしています。一生に一度の高校2年生のこの年をあとで振り返った時に、思い出だけではなく、それと共にそこには私たちの心が、思いが確かにあった、と言えることを願っています。

聖書には、主は心の中を測られる、と書かれています。便利で楽に効率よく生きる手段が、しきりに取りざたされる昨今です。しかし私たちは本当に大切にするべきものは目に見えないところにある、ということをよく知っています。たとえ見た目がどんなに時代の最先端になろうとも、あるいは今までとは思い出の形が変わろうとも、芯の部分、私たちの心は変わることなく在り続けたいと思います。

(2020年9月17日 高二チャペル礼拝)

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